質実剛健の校風で知られた男子校である青春学園にきらびやかな『野百合会』の面々がやってくると、まさに天から女神たちが舞い降りたがごとき騒動になった。しかし、すぐに不二周助が『スーパー6』の残りのメンバーを引き連れて出迎えに来た。
「ようこそ、皆さん。お待ちしていましたよ」
「文、ジャネットちゃん、よく来たな!」と逞しい体躯の男が進み出た。これが空手部の河村隆で、後ろには猛者揃いの後輩たちを従えている。文は隆と拳をぶつけあって「調子どうよ?」と男同士のように威勢良く挨拶を交わした。
「河村センパイ、よろしくオネガイしまーす」とジャネットが笑顔を見せると、
「ジャネットちゃんに紹介するよ、うちの2年生の桃城。こいつは、部一番の大食い野郎なんだ。気が合いそうだろ?」
 桃城は「押忍ッ! 今日は河村先輩と一緒にご案内させていただくッス!」と頭を下げ、早速文とジャネットを甘い匂いを漂わせているクレープの模擬店へ連れて行った。彼らの後ろでは、眉目秀麗な大石秀一郎が旧知の柳生比呂子を歓迎していた。
「柳生さん、お久しぶりですね。少し、髪型を変えた?」
「え、ええ…」と比呂子はぎこちなく微笑んだ。さんざん言い争った挙句、雅実に無理矢理髪の毛をいじられてしまったのである。しかし、普段はまっすぐなショートボブの毛先を可愛らしく散らして、大きなカチューシャをつけたスタイルが、思いのほかよく似合った。
「なんだよ、雅実も来てんのか! メールくれりゃ、俺らのステージの整理券とっといてあげたのにさ」
 大石と一緒にいる快活そうなイケメンが菊丸英二だった。念入りに化粧した雅実は、グロスで艶めかせた唇を尖らせ「えー、比呂子お姉さまとあたし、楽しみにしてたのにな」とわざと拗ねてみせた。
「うそうそ、ちゃーんと特等席で観せてあげるよん。ま、その前に大石たちが主催してる『青学執事カフェ』でアフタヌーンティーでもどお?」
 文とジャネット、比呂子と雅実がそれぞれの知人と共に立ち去ってしまうと、最後に一段と風格のある長身の美男子が颯爽と登場した。精華はスカートの裾を持ち上げ、淑やかに挨拶した。
「本日は、お招きにあずかりまして光栄ですわ」
「幸村さん、俺の方こそ、お越しいただき感謝している」
 生徒会長、手塚国光は重々しくうなずいて精華と握手した。
「こちら、私どもの副会長の柳蓮奈。このふたりは私と蓮奈の『妹』たちですの。我が校の慣習で、実の姉妹同様の存在ですから、連れてまいりました」
「ああ、聞いている。学校の伝統を継承していくために、大変好ましいシステムだな。本学でも真似させてもらいたいと思っているんだ」
 手塚が目配せすると、あかねと同じほど小柄で可愛らしい、しかしなかなか不敵な面構えをした少年が、精華と蓮奈のために賓客用の胸につけるリボンを運んできた。
「無論、男子校の本学であなた方のように麗しく事を運ぶわけにはいかないが、俺も一応、この越前を弟分として、後継者に指名している」
「はじめまして、ミス幸村」
 大きな目で精華を見上げて言うと、越前は蓮奈にも同様に視線を注ぎ、
「ミス柳、乾先輩が、実験室でお待ちです。連れていくように言われてますから、こちらへ」
と誘った。「あかねも行くっ!」と蓮奈の「妹」が早速騒ぎだしたが、すかさず不二が、
「いやいや、もじゃ姫ちゃんは僕らとテニス部のブースに来てくれなきゃ。真田さん、あなたもね。『スマッシュdeビンゴ』をクリアしてくれた女の子には手塚と僕から、素敵なプレゼントを用意してるんだから!」
と、あかねと弦乃の腕をつかんでしまった。いつもの勢いはどこへやら、弦乃は途端に真っ赤になってしまってもじもじしている。このような美少年といまだかつて口をきいたことがないのだ。
「うるさいよっ、不二周助! あかねはあんたになんか用はないんだからねーだ。蓮奈さまと、乾ってヤツの話を聞きにいくのっ!」
 弦乃の後輩のほうはまるで対照的に、不二の美貌になんぞまったくかまっちゃいないという顔でまくし立て、手を振りほどこうとした。
「ひどいよなあ、あかねさんたら。僕は、きみとまた会えるのをそりゃあ楽しみにしてたのに。どんなテニスをする子か、知りたくてさ!」
「へっ?」とあかねは虚をつかれて動きを止めた。急にテニスの話をされてびっくりした顔で、相手を見上げる。
「だってきみ、1年生で他校の強豪を総なめにしているんだって? 僕は強いプレーヤーにはとにかく興味があるからね。どういう子なのか、絶対に知りたいと思ってたんだ。あ、でも、余計な心配は無用だよ、興味があるっていうのは純粋に、興味があるってだけの意味だからね! きみのその鼻っ柱をへし折ってやろうなんて考えちゃいないさ。それにもちろん、かよわい女性をコートで叩きのめすなんて、僕の趣味じゃないしね…」
 不二は謎めいた感じの微笑を浮かべて、あかねにからかうような視線を当てた。挑発に弱いあかねは案の定、乾のことをすっかり忘れて不二に最大級の関心を向けるのだった。
「ふうーん、あっそお、なかなか言ってくれるじゃーん。あかねも、不二みたいなヤツには超興味あるよ……ぜーったい、あんた、潰してやる!」
「あっ、あ、あかねっ、なんてたまらんことを」
 赤くなった弦乃が今度は青ざめ、後輩をたしなめるべきか不二にフォローを入れるべきか、困ってあたふたしている。その間に越前は「こっち」と蓮奈の手を引っ張り、強引に連れていってしまった。