「あたし、河村隆とは友達だもんね! あそこんちとは家族ぐるみのつきあいなんだ。隆も包丁握ったら、なかなか洒落た料理作るよ。日本酒も強いしっ」
 書記の丸井文は家がレストランと調理師学校を経営しているので、同業者のことはよくわかっているようだった。そして比呂子の「妹」の仁王雅実は、
「英二なら知ってる…うちの代官山の店で髪、やってあげてるから」
と、意外なところで交友関係を披露した。彼女の母親はエステとヘアサロンを手広く経営する女傑なのである。
「それで、白百合さまの幼馴染さんが、乾くんですか?」
 文の「妹」であるジャネット桑原が尋ねた。ところが蓮奈は、珍しくぼんやりしていたとみえて、「え、あ、ああ、そうよ」と要領を得ない答えを返すのみだった。
「それでは皆さん、お知り合いもいらっしゃるようだし、せっかくのご招待ですから私たち、揃ってうかがうことにしましょうか!」
「やだぁ!」
 皆が喜んでうなずくかと思いきや、あかねだけが力一杯反対した。
「あかねは青学なんか行きたくないもんっ! 蓮奈さまだって、いかないもん!」
「あかね…」
 蓮奈は表情を曇らせた。彼女の「妹」は昨日から終始そう言い張って聞かないのである。
「何を子供みたいなことをぬかしてやがるの、切原あかね。この招待状はそもそも、乾さんから白百合さま宛に頂戴したものでしょうが! そんなに行きたくないなら、行かないで結構、あんたなんか連れていかないほうが、はらはらしないで済むわ」
「あら、駄目よ弦乃。私が貴女を伴って行くのだから、蓮奈も『白百合のつぼみ』と一緒でなければ、格好がつかないでしょ」
「……雅実さん、言っておきますけど貴女、わたくしの「妹」として問題のあるファッションは、慎んでくださいませね! スカートの丈を元にお戻しなさいと、何度申し上げたら…」
「わかってるわよぉ。でもね、それよりお姉さま、ディベートクラブの大石先輩とお会いになるんなら、せっかくだから少しはおめかしされたら? あの方、こないだブログに書いてらしたわよ。『好みのタイプはめがねの似合う女の子』って…!」
「あっ、あ、貴女、それはどういう意味なのっ!! わ、わたくしは貴女みたいに、男に愛想を振りまきに青学に行くわけでは、ございませんことよ!」
「いやン、もう、そんなにハッキリおっしゃらなくても。お姉さまは可愛くなさったら、ほんとはおキレイなんだから…あたしに任せて、どんくさいガリ勉娘を華麗に変身させて差し上げますから」
「お……大きなお世話ですわよ、この不良娘がッ!」
 姫百合の姉妹がなにやらもめているのはいつものことなので放っておいて、精華は珍しく困惑した様子でいる副会長の顔を心配げにのぞきこんだ。
「何なの、蓮奈? 乾くんとまずいの?」
「まずいもまずくないも…それ以前のお話ですもの」
 蓮奈はうつむいて答え、小さな声で説明した。
「貞治とは、確かに昔は良い友達だったわ。同じ塾に通っていたの。よく、本を貸し借りしたり問題を出し合って勉強したわ…でも、いつからか連絡が途絶えてしまって。それきり会っていなかったのに突然、あんなふうに現われたから驚いてしまったの」
「それは、貴女が急にお引越しなさったからでしょ。新しいお住まいを連絡して差し上げなかったのではないの?」
「したわよ! ちゃんと…手紙を書いたわ」
「それが、届いていないのよ、きっと。郵便局なんてそんなものですわよ。とにかく貴女、わざわざ訪ねて来てくれたのがどういう意味か、分かってるくせに無視は良くないわよ。はっきりさせなさい」
 精華はつけつけと言ったが、蓮奈はますます暗い顔になるばかりだった。
「どういう意味かって…そんな、今になってそういう意味はないわ、そんなはずは…」
 すると、文が蓮奈の肩を叩いて呼びかけた。
「蓮奈は、そいつの意図がイマイチつかめないって感じなわけ? あたし、隆にそれとなく聞いてみてあげようか。あいつ、乾貞治とは仲がいいはずだから」
「そんなの、聞かなくってもいいんだもん! 蓮奈さまは、あんな人とおつきあいなんかしないもん!!」
 突然あかねが涙声で叫び出した。年長の娘たちは、大好きなお姉さまに言い寄る男が気に食わないのだなとなんとなく理解して苦笑したが、弦乃だけはまともに受け取って憤りを顕わにした。
「いいかげんにしやがりなさい、あかね! どなたとおつきあいなさろうが、白百合さまのご自由でしょうが! あんたが口を出すことじゃないわ! そもそも1年生ふぜいが『白百合のつぼみ』のお役目を頂戴しているのがおかしいのよ。独りで留守番してらっしゃい、青学の皆さんの前に出すのが恥ずかしいわ!」
「……ごめんなさい、あかね。泣いたりしなくていいのよ」
 蓮奈がようやく、気を取り直したように言ってハンカチを取り出し、あかねに渡してやった。あかねはそれで盛大に鼻をかんで、なおもしゃくりあげている。
「大丈夫よ。貞治は確かにいいお友達だけれど、私はそういうおつきあいを始める気持ちはないわ、今はそんなこと、考えられない。相手が誰だろうと」
「ああそう、それなら、副会長としてあくまでも儀礼的にご訪問なさい。そうしてそういうお話になったら、きっちりお断りしてくればよろしいわ。あかね、安心して一緒にいらっしゃい。貴女は弦乃と一緒に、手塚会長と不二君からテニスのお話をお聞きすればいいわ」
「天才・不二周助ならもう知ってるもん。大っきらいだ、あんなヤツ」
 あかねは最後までむくれたままであった。