野百合会VS青学スーパー6

【初出『3日で運がよくなるあかやな本』(2007年5月発行)】


「それでは、また明日」
「ごきげんよう」
下校する少女たちの楽しげなざわめきが、聖リリアンヌ女学院の正門付近に溢れている。生徒会副会長兼会計の柳蓮奈と、彼女の「妹」切原あかねとが連れ立って校舎から出てくると、生徒たちはすぐにその姿に気づき、憧れのまなざしを送りつつ左右に分かれて道を空けた。
「白百合さまよ!」
「相変わらず、なんてお麗しくて気高くて、お品のよろしい方」
「あの方こそ、ほんとうの淑女というものね。お美しくって、頭がよくて、学院の誇り…」
「だけど、あの小さいおサルさんのような子を連れ歩いていらっしゃる点だけは、理解に苦しみますわ…」
 そんな陰口をきかれているのを知ってか知らずか、蓮奈は歩きながら彼女のお気に入りの「妹」に優しく尋ねている。
「あかね、今日はどこのお店でお茶をしたいの?」
「きょうは、きょうはね、タリーズのシナモンロール食べたいの! あっためてもらうと、とってもおいしいんだよ」
「いいわ、じゃあ、公園通りのほうから帰りましょう」
「わぁーい、早くいこうよ!」
 あかねははしゃぎながら校門を勢いよく飛び出したので、そこで誰かにぶつかってしまった。
「おっと、ごめんね、お嬢さん…」
 転びそうになった彼女を抱き留めてくれたのは、とびきり格好のいい男の子だった。
 学生服をきっちりと着こなしているがすらりと細身で、栗色の髪をさらさらとなびかせ、まるで男装の美少女のような…と言っては、語弊があろう。確かに顔立ちは花のように優しげで、その辺りの平凡な女子より何倍も美しかったが、いくら小さなあかねとはいえ出会いがしらにぶつかってきた少女を即座に、しかも片手で支えてくれた素早さと腕力は、女性の真似できるものではない。
 蓮奈はしかし、彼の美貌よりも襟元の校章と、その隣に光っている小さな四角いバッジに気を取られていた。
「貴方は…」
 女生徒にしては背の高い蓮奈よりも少しばかり小柄な彼は、視線に気づいて顔を上げ「ああ!」と声を上げて後ろを振り向いた。
「乾、きみのお姫さまがこんなところにいたよ。ラッキーじゃないか!」
「あ、ああ、有難う、不二」
 不二、と呼ばれた美少年の背後から現れたのは、同じく学生服を着た長身の男であった。あまりファッショナブルとは言いがたい黒縁眼鏡をかけ、不二とは対照的に無骨な雰囲気だが、同じように襟にバッジを光らせている。蓮奈は彼を見て、珍しく目をぱっちりと見開き、立ちすくんだ。
「蓮奈、久方ぶりだね」
「貞治…そ、そうね…2年ばかりになるかしら」
 まだ不二に支えられたままだったあかねは、蓮奈が言葉に詰まっている様子を見て驚愕の表情を浮かべた。(このヒトは蓮奈さまのなに?)というちょっぴり不躾な疑問が顔に表れている。
「蓮奈に会いに来たんだ…これを渡しにね」
 眼鏡の彼は、蓮奈のあまりはかばかしくない反応には気を留めていないように、穏やかに微笑みながら胸ポケットから淡いブルーの封筒を取り出した。
「それは?」
「僕達、青春学園高等部生徒会から皆さんへの特別なご招待状だよ、柳蓮奈さん。ぜひ我が校の学園祭に来て欲しいんだ、聖リリアンヌのあなたがた『野百合会』にね!」
 不二が溌剌とした様子で言葉を添えた。
「今年は僕達『スーパー6』が特別な趣向を凝らしているから、きっとあなたがたにもお気に召していただけると思うんだ。豪華さでは氷帝学園に及ばないかもしれないけれど、創意工夫の点では胸を張ってお見せできるよ。もし来てくれるならもちろん僕が…渉外担当副会長の不二周助と、学内担当副会長の大石秀一郎がご案内するからね。ああ、でもごめん、あなたのもてなしは、乾がしなきゃね!」
 そう言うと不二は、出しゃばったのを詫びるように傍らの眼鏡の男を見上げ、促すように肩を押した。乾と呼ばれた彼は不二と違って弁舌爽やかなタイプではないようで、少々ぎこちない様子で蓮奈を見つめていたが、やがて落ち着いた声で言った。
「蓮奈が来てくれたら、とても嬉しいよ。青学には来たことがないだろう?」
「ええ、そうね」
「友達を連れて来たければ、いくらでも来てくれてかまわないし。俺は部の展示のところにいなきゃいけないから、あまり相手ができないかもしれないけど…」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ、乾! 蓮奈さんが来たら仕事を放り出してエスコートしなきゃ。大丈夫、僕が無理やりにでもそうさせるから安心してね」
 不二がにこにこしながら割り込んで請け負い、「そういうわけで、お待ちしています、白百合さま」と一礼した。あかねはその間ずっと目を白黒させて立っていたが、不二がようやく気づいて彼女に言った。