「その、なんとかべるとってどんなの?」
 シュークリームを頬張りながらあかねが蓮奈に尋ねた。蓮奈が説明しようとして少し考えていると、いつの間にかそばにしゃがみ込んでいた女生徒があかねの膝を叩いて、
「こういうのだよん♪」
 自分のスカートをめくってみせた。
「まっ……雅実さんっ!!! あ、あ、アナタという人は……」
 比呂子が金切り声を上げた。あかねに見本を示してやった仁王雅実は、いつも音もなく忍び込んできては文のお手製ケーキを失敬していく、風紀委員会のブラックリストの一番上に名前が載っているやんちゃ娘である。雅実は比呂子に「姉」になってもらうという条件で、素行を改めるとマリア様に誓ったはずなのだが、そんな約束はどこへやら、相変わらず気の向くままに行動していて、毎日のように比呂子の眉を吊り上げさせているばかりなのであった。
「でもこれ、高かったんだからあ」
「ホントだ、すごいラインストーンね。しかもタンガとセット?」
 ジャネットと文が感心して雅実のヒョウ柄の勝負下着を見せてもらっている。あかねは構造が気になるらしく「ニオたん、どうやってぱんつはいてるの?」と目を丸くした。蓮奈は独りで頷きながら、
「良いのよね、それ。蒸れないし」
ともっぱら実際的な意見を述べている。比呂子と同じように額に青筋を立てているのは結局、弦乃一人であった。
「雅実さん、立ったままで召し上がらずにひとまずは、おかけになって。比呂子さん、下着については、本学では特に規則として決められてはおりませんから、各人の自由ということで、よろしいのではなくて? ブラの透けは確かに私もどうかと思いますけどね。あ、皆さんご存知ないようだけど、白よりもモカブラウンが意外に透けないのよ」
「会長! こ、この人のそういういかがわしいけがらわしいモノを、お認めになると、そうおっしゃるんですのぉぉ?!」
「そうですよ、紅百合様! 大体ね、雅実、あんたこの間なんか網タイツはいて学校来ただろうが! それにその髪、どこからどう見たって校則違反でしょ、許せないわ!」
 雅実と同じ学年の弦乃が詰め寄ったが、精華が軽く手を振って制した。
「私は、むしろ雅実さんのご趣味に共感しますのよ。女に生まれた以上、そういう女だけの楽しみを大いに満喫しなければ人生の損ではないかしら。皆さん、そうは思われません?」
「あたしもいいと思う! 聞いてよ、ジャネットなんか地元のカーニバルですンごいの着てるんだから。あんた、写真見せてやんなよ」
「わあ、すごーい、エロかっこいい!」
 ダイナマイトボディのジャネットがGストリング風の艶麗なコスチュームをつけている携帯の画像をのぞきこんであかねが無邪気に言い放ち、弦乃はさらにいきり立って後輩のもじゃもじゃ頭をぺしりとはたいた。
「およしなさい、弦乃。とにかくね、比呂子さん、貴女も試しに一度、身に着けてみてご覧になってみてはいかが? こうしたセクシーな下着というものは女性に、心理的に適度な緊張感を与えてくれるものですのよ。誰も見ているわけではなくてもね」
「そうね、誰も見ているわけではなくてもね」
 蓮奈が無表情なままで言いながら、精華に鋭い視線を注いだ。全員がなんとなく黙り込んで精華に注目した。
「……な、なんですの、蓮奈?」
「心理的に適度な緊張感を与えてあげてるの、精華に」
「いやん、もう、およしになって。と、とにかくこの件はこれでおしまいにしましょ! あかね、紅茶のお代わりをお願い」
 生徒会長のお言葉でその場は一旦収まった。しかし、定例会が終わって役員たちが帰っていくと、精華はぷりぷりしながら「ちょっと、蓮奈、どういうつもり?」と友人につかみかかった。
「どうもこうも…いやッ、何をするの」
「貴女にも適度な緊張感をお見舞いするわよ、この能面女が!」
「そんなWWEの場外戦のような真似にはおつきあいできないわ。あ、やめてっ」
 精華は自分より背の高い蓮奈に果敢にむしゃぶりつき、スカートをずり下げようとしている。蓮奈がそこで膝蹴りを繰り出そうとしたので、精華はすかさず矛先を変えて蓮奈の制服の胸を力一杯はだけさせた。ラベンダー色の上品な下着に包まれた見事なバストが顕わになった。
「……なによ、つまらないブラね」
「悪くて?」
 ついに開眼した蓮奈はそう吐き捨てると、電光石火の勢いで精華のスカートをめくりあげた。中から世にもゴージャスな純白のレースで飾られたガーターベルトが出現し、弦乃を卒倒させそうになったが、あかねは「わああ、すてきぃ、おひめさまみたい」と大喜びした。
「ほら御覧なさい。こんなことじゃないかと思ったわ」
「女っぷりを上げたいと思えば、チャレンジすべきよ! それでもイマドキの女の子なの貴女たち!」
「ガーターは健康にも良さそうだからしてもいいけど、タンガは、食い込むから嫌」
 蓮奈は至ってそっけなく答えた。弦乃はすっかり涙目になってしまい、そんな先輩をよそにあかねは精華の脚の下に潜り込んで、ガーターベルトの構造を一生懸命調べているのであった。
「紅百合様…わ、わたくし……一体何と申し上げれば良いのかわかりません…」
「弦乃! 駄目よ、貴女こそ、少しはこうした女らしさというものを追求しなければ! 貴女の影響で硬式庭球部がこぞって、男子部のようになってはたまらないわ。あらま、あかねったら、ああン、くすぐったい、貴女のもじゃもじゃ」
「あかねッ、私が見せてあげるからおやめなさい」
「貴女、持ってるのね!」
 精華は一瞬、背後に不動明王の如き紅蓮の炎を燃え上がらせたが、いずれにせよそれをものともしない蓮奈であることはとうに承知しているので、速やかに鎮火して「妹」の弦乃を振り向いた。
「ねえ、ちょっと、そういうことなら、これからみんなで可愛い下着でも探しに行きましょうよ。あかね、貴女は、そこでいくらでも好きなだけ見なさい」
「私は結構」
 さも腹立たしげに断った蓮奈だったが、「妹」に「蓮奈さまといきたいぃ」とべそをかかれたので仕方なく同行するのだった。