野百合会の秘密の花園

【初出:無料配布本(2006年夏コミ)『The Lovers' Cookbook』と一緒に配布しました。】


「皆さん、お揃いかしら?」
 聖リリアンヌ女学院の中枢を担う生徒会、通称「野百合会」の会議室に生徒会長、幸村精華が入ってくると、集まっていた淑女たちはめいめい、しとやかに会釈をして迎えた。
 精華に付き従う「妹」の真田弦乃が椅子を引いて彼女を上席にかけさせると、制服の上に白いエプロンをつけた、黒いもじゃもじゃした髪の毛がぬいぐるみのような小柄な女生徒が、紅茶を運んできて精華にすすめた。
「ありがとう、あかね。かわいい刺繍ね」
「蓮奈さまに、していただいたのですぉ」
 あかねはエプロンの胸のイニシャルの刺繍を示して得意げに言った。切原あかねは弦乃と同じテニス部の腕白娘で、彼女の「姉」の柳蓮奈は精華の右腕である副会長、兼会計を務めているが、学園一の秀才にして変人と称されている。精華は、この偏屈者がそんな手間のかかる親切を施すとは信じ難い、という顔で隣に座っている友人を眺めた。蓮奈は抹茶茶碗を鑑賞している最中で気づく様子もなかった。
「まあ、美味しそうだこと。文さんお得意のエクレアね」
「精華はキャラメルのがいいんかい? それとも、チョコレートのほうがいっ?」
 銀盆に満載された菓子を配って回っているのは、丸井文だった。彼女は野百合会の書記、兼おやつ係であり、このアフタヌーンティーを兼ねた会議には自ら腕を振るってケーキ類ばかりか、和菓子までも準備して振る舞うのを常としている。文が「妹」にしているのは留学生のジャネット桑原という娘だったが、妹というよりも舎弟と呼ぶほうが似つかわしい扱いを受けていた。文はジャネットをもっぱら、買い出しや菓子作りの助手にこき使っているからである。
「キャラメルのをいただくわ。弦乃は、何がいいのかおっしゃい」
「わ、わたくしは、何でも美味しく頂けます…」
 弦乃は慎み深く言ったが、文とジャネットが「そんなら食え、食え」と弦乃の前に饅頭やらきんつばやらを山ほど盛り上げた。蓮奈は何食わぬ顔でその山から豆大福をひとつ抜き取ってから、あかねにはスワンの格好のシュークリームを取ってやった。
「では、今週の定例会を始めましょう。何か、報告のある方はいらっしゃるかしら」
「ハイっ」
 精華の真向いに座っている、眼鏡を光らせた理知的な少女が勢いよく挙手をした。
「どうぞ、比呂子さん」
「わたくしですね、紅百合様と皆様になんとしてもお耳に入れたいことがございます」
 監査で風紀委員長の柳生比呂子は立ってノートを広げ、憤りも顕わな表情で演説を始めた。
「近頃また、風紀の乱れが一段と甚だしくなってきております。髪型、スカート丈など言うに及ばず、ここへ来て風紀委員長としてはなんとしても看過できない問題が勃発しているのでございます。わたくしどもは誇り高き聖リリアンヌの乙女として…」
「まァた始まった」
 文とジャネットは不満そうに顔を見合わせて、エクレアをぱくつき始めた。
「本題を簡潔に述べてください」
 蓮奈がぴしゃりと言うと、比呂子はノートを持った手をちょっとぷるぷるさせ「……ランジェリーの事ですわ!」とひきつった声を上げた。
「下着の一体何が問題なの」
 精華があまり興味なさそうに尋ねると、横から弦乃が小声で割り込んできた。
「自分も、最近気になっておりました。衣替えがあってから特に目につくのですが、制服から透けて見えるようなとても派手な色のぶ、ぶらじゃあをしてる者が…」
「そうなんですのよ! あまつさえ、わたくし、先日ちらりと見てしまいましたが、ガーターベルトなどという夜の女性のようなものを、着用に及んでいる者さえいるんです!」