「白百合様も来てくださるなんて…ありがとうございます」
 翌日、精華に引きずられるようにテニスアリーナにやってきた蓮奈は、相変わらず無表情で試合を眺めていたが、恐縮して礼を言いにきた弦乃には一応、励ましの言葉をかけてやった。
「頑張りなさい。精華が見ていてよ」
「はいッ、お任せください!」
 鼻息も荒くジャージを脱ぎ捨て、ラケットを握り締める弦乃。そのそばでは「姉」の精華がきゃあきゃあとポンポンを振り回して歓声をあげている。蓮奈は鼻白んで、頃合を見計らいそっと観客席を離れた。
(精華ったら。自分の可愛い妹を、見せびらかしたいだけじゃないの)
 この学院では先輩が一人の後輩を選んでロザリオを贈り、「姉妹」の契りを結んで指導するのが習わしである。「妹」を持たない蓮奈を精華はなにかにつけて心配し気遣うふりをするが、それは「蓮奈も妹を作ってくれないと、私が自慢できなくてつまらない」からだろう、と蓮奈は疑っているのであった。
(私は、ひとりが好き)
 蓮奈はコートの喧騒を離れ、緑の木陰にハンカチを敷いて座った。空を見上げると白い雲がふわりと浮いている。一句詠めそうだわ、と思ったとき、どこからか黄色いテニスボールがころころと転がってきた。
「庭球の…草萌ゆる野をひとり旅…ううん、いまひとつね」
 ボールを拾い上げて辺りを見回すが、誰もいないようだ。
「どこからきたの、おまえ?」
 思わずボールに話しかけてみたら、少し離れたところの東屋からもうひとつボールが転がり出てきた。蓮奈は東屋をのぞいて、驚いた。聖リリアンヌのユニフォームを着た小柄な女の子が、ベンチの上で丸くなって眠っているのだ。ボールはその子のポケットから転げ落ちてきたのだろう。
「貴女、こんなところでお昼寝していてだいじょうぶ?」
 蓮奈はそっと声をかけてみたが、その子は目覚めようとしない。知らない下級生だ、おそらく1年生なのではと思うが、のどかな満足そうな顔をして、すうすうと平和な寝息を立てている。頬は林檎のように紅く、あまりにも幼い、無邪気な様子で、美しく咲き揃った庭園の花々のような女学生たちの仲間に入れるのは少々無理があるようにも思える娘だった。くしゃくしゃともつれた黒い髪の毛がまるで、野生の小さな動物のようだ。
(不思議な子だこと)
空から突然降ってきたみたい、と、蓮奈は思った。この子も、ひとりが好きなのだろうか。
そう考えるとなんだか親近感が湧き、蓮奈は起こさないように気をつけてその子の隣に腰かけた。すやすや眠っている後輩を見守るうちに、なんとなく温かな気持ちになって楽しい空想が浮かんだ。
「ねえ貴女、私の『妹』になる?」
 何とはなしに、つぶやいてみる。
「何もしなくていいわ。弦乃みたいにかばんを持ったり、ケーキバイキングにつきあったり、UFOキャッチャーであれが欲しいって言われて1000円もつぎ込んで獲ったりしなくていいのよ。私を自由にさせてくれればいいの。私も、貴女を自由にさせるわ。猫ちゃんを飼ったみたいに」
 小さい黒い猫ちゃん。きっとひとりで木に登ったり、ボールにじゃれたりして楽しく遊ぶだろう。そうしてお腹がすいたり、眠くなったりしたら帰ってきて私の膝に乗るだろう。
(そうしたら、よしよしと撫でてあげるわ。私は、そういう子がいい。私を女神のように崇拝したり、付き従ったりされてはかなわないもの。ひとりで元気に自立していてくれれば、それが一番)
 蓮奈は賢い娘だから、とうに気づいている。そう言いながらも自分は、本当は猫ちゃんの世話を焼いてみたいのだと。こんなちんまりした後輩を膝に乗せて、撫でるように可愛がってあげてみたい、私だって、お姉さんらしくできるのよ、と思う。
 だが、とても賢いが故に蓮奈はためらうのだった。もしも、猫ちゃんに嫌われたらどうしよう。それとも、猫ちゃんがよその誰かのほうがよくなって、帰ってこなくなったら