雅冶はめちゃくちゃ慣れてた。チャリでホテルに乗りつけるのはさすがに初めてなので僕はちょっとびびったけど、彼は普通に駐車場にチャリを停めてチェーンロックをかけて、平然と正面の入り口から入って行きやがった。そして「どこがいい?」と僕に聞いた。本当にパチンコで儲かったのかな。
 僕はちょっと考えて、ピンクのラブリーな部屋の写真を指差した。何が違うというわけでもないだろうけど。それに、やることはいつも一緒だものね。
 ドアを開けると、ピンクの壁と天井とふかふかのピンクのカーペット。ハート型のガラスのテーブルの上に、ピンクのティッシュペーパー。目がちかちかするほど何もかもピンクだった。この前もこの部屋にすればよかったな。きっと真田を頭から蒸気が吹き出るくらい怒らせることができただろうに。
 で、僕は雅冶がシャワーを浴びてる間、有線のチャンネルを片っ端から試してみたりしてる。300チャンネルもあるんだって。「駅の雑踏」とか「スタジアム」とか、ほんとにこういうのを流してアリバイ電話する人っているのかなあ。かなりわざとらしいと思うんだけど。「高原の朝」は小鳥の声とせせらぎみたいなやつで、ピンクだらけの部屋に流れてると異様にミスマッチで気持ち悪い。
 ラブホに来慣れてるなんて、確かにいいことじゃないと思う。こんな何百人もの人がエッチした部屋に滞在してるだけで、何かの怨念とかに汚染されそう。入れて出すだけのことだけど意外に、セックスって精神的に消耗するよね。なんか自分の存在の一部が磨耗してなくなってく気がする時もある。揺さ振られて、痛くされて、いろんなことがどうでもよくなると、ブレーカーが落ちたみたいにいつの間にか意識が暗くなってる。記憶が部分的に欠落する。ピンクのハート型のキートレイが置いてあるこの部屋に以前来たことがある気がするけど、ここで僕に何があったのか覚えてない。
 誰とだったのかも覚えてない。


 真田は、僕が一方的に西園寺先生に搾取されてると思ってるだろうけど、僕はその分、他の大人から搾取してるんだ、実は。もちろん学校と部活で忙しいから積極的に営業活動してるわけじゃないけど、誘われれば喜んで。西園寺先生にあれを教えられてから、ある種の男の人が自分をどんなふうに見てるか悟った僕は、「おのれの実力を試す」みたいなつもりで大人に接するようになった。いつも先生は僕がきれいでかわいいって言う。顔だけは本当に母親にそっくりなので、いいところをもらって得したと思う。かわいい顔でにっこりして、ボクなんにも知らないの、って感じでふわふわしてると、すぐに誰かが僕をかっさらってやろうと近づいてくるわけ。あとはもう、おまかせ。そしていつの間にか、財布の中にお札が増えてるってわけ。
 何人かの大人と試してるうちに、街には僕みたいなどうしようもない男の子や女の子が結構いることもわかった。家は金持ちで、いい学校に行ってて、成績も良くて顔もかわいくて、これ以上欲しいものもべつにない。あるかもしれないけどそれは形のないものだし絶対手に入らない。だから生きてる目的も特になくて、暇にまかせて踊ったりクスリをやってみたり、エッチのテクを磨いてみたりしてる。テニスっておもしろいの?ってクラブのフロアで聞いてきた女の子に僕はテクニカルなフェラっていうのを教えてもらった。お礼に何してあげようかと聞いたら、彼女は大きくて重そうなおっぱいを揺すって「いいよ、普通にやろうよ」って言ったから、女の子とやるの初めてだって素直に告白したら感動された。誰かの初めての女になるってちょっと最高って。その子とはしばらく仲良くしてたけど、突然携帯の番号を変えちゃって、連絡が取れなくなっちゃった。下の名前しか教えてくれなかった、僕の初めての女の子。彼女はいま、どうしているんだろう。
 僕のこと、覚えているのかな。