「蓮二様は君を自分が手伝い、将来君に、父上の後を継いでほしいと考えているんだ」
「な…」
 結局、その晩は蓮二の家に泊まらされることになった赤也であったが、夕食後に乾に呼ばれ、聞かされた言葉に卒倒しそうになった。
「どどど……どうゆうコト、それ?!?」
「言葉通りの意味さ。父上に代わって柳財閥の総帥になり、グループ企業の経営を担い、日本経済を動かし…その先は、君にはまだ想像もつかないかもしれないが」
「つかない、ちゅか、つくわけない! アンタ、何考えてんの? 俺にそんなの…できるわけねーじゃん! それより、自分でやりゃいいだろ」
 知り合ったばかりの兄の顔を思い出す。すでに自分で会社を動かせるほどの頭脳が備わっており、中学生でありながら自らのオフィスを持って乾のような秘書役まで抱えているのだ。後を継ぐというなら、彼ほどふさわしい人材はないではないか。
「なんで俺なんかを…あいつは、俺をもてあそんでオモチャにして楽しみたいんじゃねーの?」
 コートで勝てなかった悔しさも手伝って、赤也はつい、そんな憎まれ口をきいてしまった。すると乾が初めて、憤りのようなものを露わにして言った。
「あの方がどれほど、そういうエゴイズムを自制しておられるか君には、決して分からない」
「……分からねえよ。分かるわけねーじゃん、だって、今日初めて会ったんだもん」
 乾の迫力に圧されて赤也はしゅんとなり、口ごもった。
「じゃ、じゃあ、なんでだよ。お袋が死んじゃって俺が可哀想だから? かわいそーに、淋しいだろって、同情してくれてんの?」
「いや、あの方のほうだね、淋しいのは」
 赤也が言いよどむと、乾は小さなため息をつき、やがてうっすらと微笑んだ。
「理由はさまざまあるだろうが、蓮二様は要するに、血の繋がった弟の君にそばにいてほしいんだ。あの方は何でもお一人でできる。誰にも頼らずに生きてきたし、これからもそうされるだろう。が、その生き方では手に入れられないものがあることに、お気づきになったらしい」
 机上にある小さな写真に目をやる乾は、しみじみと言った。
「それに、蓮二様は人の上に立つのがお好きではないんだ。誰かを補佐するほうが性格的に合っている。君のほうがむしろ、リーダーの器だと思うね。何に遭っても怯まず、堂々としていて好感が持てるよ。俺が総帥でも、選ぶなら君のほうを指名するだろう」
「そこまで、お世辞言わなくていいよ、照れるし」
「君は自由だ。あの方は何も、強制はされない。だが俺からはできればお願いしたい。あの方を助けてあげてくれないか? それに実はもうひとつ、差し迫った事情がある。君と蓮二様のご兄弟のうちのお一人が、我が社の乗っ取りを画策し、他のご兄弟方を自分の味方につけようと動いているんだ」
「ええっ?! それは、一体…どこにいるの、どんな奴なの、そいつは?」
「すぐ会えるさ、君の学校のテニス部の部長をしているから」
 そう聞いて赤也は戦慄した。昨日、入部手続きを済ませたばかりだから遠くから見たきりだが、あれが部長の幸村だよ、と教えられた先輩…楚々とした見かけを大きく裏切る、鬼神のような強さ。それに、全国レベルの立海テニス部の猛者どもをも震え上がらせるような迫力とカリスマ性の持ち主だった。
「あの人が…あれが俺らの……」
「赤也くん、君が、蓮二様を護ってくれないか。これは君たちの世代の問題だ、俺が係わり合いになることはできない。俺は飽くまでも総帥の部下であり、共に総帥のお子さんであるどちらのお味方もできない……だが」
「乾さん」
 赤也は察して、黙り込んだ男に笑ってみせた。
「俺、あいつと話してくる。あいつの、兄貴の口から聞きたいんだ、その言葉」