「な…なんだこれ。竹やぶ…?」
「落ち着くだろう」
 本物の竹が植え込まれ、かすかに小川のせせらぎが聴こえてくる。それでいて廊下はステンレスとガラスでできており、蛍を思わせる小さな青白い光が所々に灯され、自然と人工物とがうまく調和した造りになっていた。
「変わってるな。社長の趣味かよ」
「ここを設計されたのは君の父上ではないよ。これから引き合わせる、君の兄上だ」
「は………なに?」
 つぶやいた赤也は、数秒たってから愕然とした。
「あに? 兄って……はあ?!?」
「まあ入りたまえ。失礼致します」
 ごく普通に見えるドアを開くと突然、日本旅館の入り口のような立派な暖簾の下がった引き戸があり、乾はそこを開けて靴を脱ぐと、中の小さな板張りのスペースに上がった。膝をつき、奥の襖ににじり寄って呼ぶ。
「蓮二様、お連れいたしましたが」
「はぁい、入っていいよ」
 至ってのんびりとした調子の男の声が聞こえた。乾が襖を開けると、
「ぎょへーっ!!!」
 赤也は思わず、奇声をあげてしまった。襖の向こうになんと、見たこともないほど広々とした畳の間が出現していたのだ。五十畳、いや百畳もあるかもしれない、ほとんど体育館並みの広さに思われる広大な和室の片隅に、ちんまりと赤い布団で包んだこたつが置かれ、そこにはさきほどの声の主とおぼしき人物がもぐりこんでうつ伏せに寝転び、床に広げた新聞に肘をついて読みふけっていたのだ。こたつの上には湯気を立てている湯のみとみかんの入った籠があり、みかんの皮が積み上げられていた。
 あまりに現実離れした光景に赤也が言葉を失ったままでいると、乾がさっさと隅の押入れから座布団を2枚出し、こたつの側に置いて赤也を手招きした。
「こんにちは。よく来たね」
 こたつに入っていた少年が起き上がって言った。赤也の編入したのと同じ、立海大学付属中学校の制服を着ている。黒いつやのあるまっすぐな髪で、整った顔立ちだ。一見して人形めいた、少女のような優しげな風貌だが、目元に有無を言わせぬ力を感じさせた。
「こちらが、君の異母兄にあたる蓮二様だ」
「赤也っていうんだよね。はじめまして、よろしく。みかん食べる?」
「あっ…あのなーっ! 人を呼びつけといて何なんだ、なんでこんな…こんなくつろいでんだよ、会社で! っていうかなんでこんな部屋が会社にあんだよ!」
「元気だね。みかん嫌いなの?」
「手とか爪とかがみかん臭くなるのがヤなんだよ」
「じゃ、むいてあげるから食べな」
 蓮二は淡々とみかんの皮をむき始めた。赤也は憤然として、学校からそのまま持ってきたテニスバッグを放り出し、座布団の上にどさりと胡坐をかいた。
「俺の兄って言ったよな、どういう事だ。説明してもらおうか」
「説明…面倒くさいなあ」
「この野郎!」と赤也は身を乗り出したが、乾が慌てる様子もなく茶を淹れて湯のみを前に置いたので気勢をそがれた。
「では私が代わってご説明しよう。蓮二様は柳家の現在のご当主、つまりはこの柳財閥の総帥の立場におられる方のご子息だ。そして、君もその方の血をひいた息子さんだから、蓮二様は君のお兄さんにあたる。君よりひとつ年上で中学3年生だ」
「つまり…アンタが正妻の息子ってわけだ」
 薄々分かってはいたが…認めがたい思いで赤也がはき捨てるように言うと、みかんをむいている蓮二がにこりと笑った。