「誰か来ちゃうよ。我慢して」
「お、お前は、おかしいぞ!」
「おかしいよ。そんなの分かってる。きみも一緒におかしくしてあげる」
 俺はなぜその時、あいつを殴り倒してでも逃れなかったのだろう。
 いくらでも手段はあったはずだ。それなのに。
 まるで目に見えない縛めに禁じられたかのように、俺はあいつを払い除けることもせず、ただ快感に翻弄され、為されるがままにそれに従っていた。驚きのあまりに逃げる気力すら失った小動物のように、幸村の前にあっては俺は何の力も持たなかった。俺の絶対的な自信だか何だかはあっけなく砕け散り、最も原始的な愛撫によっていともたやすく、獣の本性が暴き出される。
 あり得ないほどに張り詰めた俺のあれをしゃぶり続けながら、幸村は時折、熱い吐息を洩らす。
 柔らかそうな髪が絶え間なく揺れている。
 気を失いそうだ、と思った瞬間だった。怒りを露にして幸村は立ち上がり、そして、なんということだろう。いきなりベルトを引き抜き、スラックスを床に落とすと、下着まで取って俺ににじり寄った。
「きみはほんとに、頭にくる奴だな!」
「なっ、何をする気だ」
「中学生同士だったらどうなの、これも犯罪かよ。いつまで耐えられるか見物だね。見ててやるから、さっさといけよ」
 強引に俺の上に跨がり、唾液で濡れた性器を華奢な腰の中心に導いてあてがうと、無理矢理に貫かせた。本気で死ぬかと思った。締めつける力に一気に持っていかれそうになり、俺は崖っぷちで踏み止まった。繋がったまま、幸村が抱きついてくる。体重をかけられて後ろに倒れそうになり、慌てて抱き留めた。
 きつくまぶたを閉じて、幸村は声を堪えている。あの時と同じように。
 唇を引き結んだまま、頬を染めて。
 幸村の身体の中に引き込まれた俺の一部が、弾けそうなほど激しく脈打っている。幸村は遠慮なく腰を遣った。このまま引き千切られるんじゃないかと思うほどの力がかかって、俺は唇を噛みしめた。血の味がした。
「あっ、あ…………」
 腰を揺らしながら、幸村がとぎれとぎれに声をあげた。
 こいつ、感じてる……俺に犯されて?
 必死に守っていたものを明け渡して、幸村は甘い喘ぎを盛大に迸らせた。それは確かに、セックスに支配されて狂った子供の声だった。だが、俺はその切ない声に撃ち抜かれた。俺と幸村は同時に達して、絡み合ったままお互いの心臓の音を感じていた。



「俺は、お前に償う」
 床に座ったままの幸村の手を取って、カフスのボタンをかけてやりながら、俺は言った。
 こんなに細い腕でよく、俺と同じようにテニスができるものだ。そう思って、痛々しい手首の傷から目をそらす。
「お前は俺に、何をして欲しい?」
 熱でかさついた唇をかすかに開いて、俺を見た幸村は、まだ泣いてはいなかった。
「…………僕を、西園寺先生から奪って」
 最後の望みを賭けるように、お前は言う。
「僕の恋人になって、あの人から奪い取って。そうして、僕をまともにしてよ……僕がどんなひどい色情狂か、わかっただろ?」
「お前は悪くない」
 俺は声を絞り出した。
「お前が…まともじゃないと言うなら、俺だって同じだ。お前にあんな……ことをして傷つけた、自分が許せない」
「真田、そんなこと、言わないで! きみは僕を救ってくれたんだよ」
 お前の瞳に俺が映る。秘密を貪りあった俺たちの間に結ばれた絆は、目に見えない鎖のようにふたりを縛る。
「きみのものになるから、あの人と縁を切らせて。僕を、今の汚らしい世界から連れ出して」
「そうしよう」
 お前は静かに泣き出して、抱き締めた俺の胸に顔を埋めた。
 きみのものになる、なんて、そんなこと言わないでくれ。
 俺がお前のものになる。そうでなければ、俺は耐えられない。