「真田、トゥ・サーブ」
 柳がコールした。俺は力任せにサービスを放ったが、ネットにかかった。
「なんだよ、ふたりとも、意識しすぎじゃねーの?」
 仁王がでかい声で茶化すように言った。幸村はうつむいて、俺のほうを見なかった。
 あまりといえばあまりな試合になった。双方がダブルフォルトを連発し、俺はチャンスボールをまともに返すことすらできなかった。幸村は途中からもう、追うのを諦めていた。柳が気の毒そうに「5ゲームズオールだけど、まだやる?」と聞いた。
 精神力の切れた選手は脆い。俺は自分もこの程度なのかと愕然としていた。昨日の出来事が、頭から離れない。無理に押し込めようとしてもあのときの幸村の姿が、声を堪える表情が脳裏をよぎる。確かに意識しすぎだ。しかもプレーヤーとして意識しているのではなく。
「また今度にしたらどう? あんまりみっともないと、先輩の手前もあるしさ」
 柳に言われていやもおうもなく俺はうなずいた。幸村は無言で散らばったボールを集め、バスケットに戻した。柳の気配りにもかかわらず、俺と幸村は先輩からこっぴどく怒られた。やる気あんのかとか、1年生も入ってくるのにしめしがつかないとか、言いたい放題に言われて最後には、お前たち二人で全部片付けろ、と命じられた。仕方なく後片付けをしながら、俺はなんとかして幸村と口をきこうと試みたが、無理だった。
 帰り支度を済ませた丸井がフェンスの向こうから幸村を呼んだ。幸村は「先に帰って」と答えたらしく、柳や桑原も少し心配そうな顔でこっちを見ていたが、俺たちの寒々しい気配にげんなりしたのか、下校していった。
 部室に戻り、着替えているとすっかり意気消沈した幸村が入ってきた。俺は盗み見るようにして彼の表情を確かめた。俺の視線に気づくと、幸村はあからさまに避けた。
「お前、大丈夫なのか」
 とにかく何か、言わずにはいられなかった。しかし、幸村は答えなかった。黙って着替え始めた彼を俺はなすすべもなく見つめていた。シャツに袖を通し、カフスのボタンを留めようとして、幸村は唐突に口を開いた。
「きみこそ、大丈夫なの」
 ひどく捨鉢な感じの言い方だった。
 整った顔立ちから表情が消え、瞳だけに冷たい光が点る。
「どうして、きみが、あんななの。だらしなくない? それとも、わざと?」
「わざと? まさか」
「なんできみがあんなふうに、崩れなきゃいけないわけ。同情? それとも僕なんかとは、まともにやる気がしない?」
 鋭い刃で刺すように、言葉をひらめかせる幸村は、これまでとまるで別人のようだった。
「忘れるって言ったよね。あれは、口先だけ?」
「言ったけど、そう簡単に、あんなことが忘れられるか!」
 俺は必死で怒鳴った。だが幸村には、怯む気配すらなかった。