俺はそっと目を背けた。シャツだけでなく、下もみっともなく丸見えにされているのが目に入ってしまったからだ。幸村は不器用にボタンをかけながら、本当にごめん、と言った。苛立った俺はその言葉を我慢ならないほどもどかしく感じた。
「なんで幸村が謝るんだ。何なんだあいつは、あれでも大学教員かよ。こういうの、アカデミック・ハラスメントっていうんだろ。訴えてやれよ」
「だめ……合意の上だから」
「なんだって! お前まさか、あの親爺に金もらって」
 目を剥いた俺に、幸村は弱々しく首を横に振った。
「西園寺先生は、僕の母の恋人なんだ。……浮気相手だよ。僕が小さい頃から付き合っているんだ」
「浮気相手、って…」
「帰りながら話すよ。早く、ここから出よう」
 床に落ちている上着を拾って袖を通すと、幸村は硬い表情で俺を促した。確かにこんな場所に長居は無用だ。俺は気遣いに欠けていたことを恥じた。
「あの人と母はもう長いんだ。うちの両親は昔からあまりうまくいってなくて、父にも若い恋人がいるから、お互いさまなんだけど…でも、最近母の気持ちが冷えたらしい。先生の後輩の弁護士の人に乗り換えたみたいで…先週も、お華のお稽古仲間の人と旅行って言ってたけど、多分その彼と出かけたんだと思う」
 そんなことを、幸村は事もなげに言った。一体お前の家はどうなってるんだ、と言いたくなったが、人の家庭の悪口はよくない。
「それは、お前の母親の問題であって、お前と関係ないだろう。母親に振られたから息子に意趣返しなんて、異常だ」
「うん、まあ、西園寺先生はもともと少し異常な人なんだ。子どもの頃から知っているけど、何度もいたずらされたり、ホテルに連れていかれたこともあるよ」
「そ……そうなのか」
 返事のしようがなかった。いたずらされたり、ホテルにって、それって、こんなふうに平然と語っていいことなのか?
「僕は顔が母とすごく似てるんだ。きっと、僕を見るとすごく憎らしく思ったり、でもやっぱりすごく愛しいと思えちゃったり、複雑なんだろうね」
「お母さんは知らないのか? なんで、言わないんだ」
「言ってどうなるものでもないよ……それに、あれが僕の実の父親かもしれないんだ」
 今度こそ俺は、憤りのあまりに卒倒しそうになった。
「実の父親が息子にああいうことをするのかよ!」
「……大人もいろいろ、大変なんだよ、たぶん」
 目を伏せてそう言う幸村は、すべてを達観しているように見えた。俺はその態度に余計に苛立ち、激しい台詞を彼にぶつけた。