少しだけ見てみたくなった。誰もいないし、かまうもんか。
天井まで届く高さの本棚の前で、本の表紙に目を走らせた。「刑法」とか「民事訴訟法」とか、いかめしい印象のタイトルがずらりと並んでいる。将来自分が何になるのか、まだ漠然としか考えたことはないけど、法の番人、という言葉のイメージに惹かれていた。先輩のように司法試験を目指すのもいいな、と少しばかり、憧れていた。「重要判例解説」という題の分厚い本が沢山詰め込まれている棚から一冊抜き取ってみた。
 本の壁に開いた縦長の穴から、向こうが見える。誰もいないと思っていたそこで、なにかが動く。
 信じられない光景だった。
 本棚の向こう側には、閲覧席があるらしい。ソファの上でカッターシャツの前をはだけた男の子が、背広を着た大人の男に胸をまさぐられていた。
 俺はその場に固まった。興味本位にこんなところに潜り込んだことを後悔した。だが、次に恐ろしいことに気づいた。
 その子は俺が知っている奴だ。同じテニス部の幸村じゃないのか。
 テニス部の同級生はたくさんいる。幸村とはあまり親しいほうではないが、同じ学年の中ではかなり目立つ。上手いからだ。フォームのきれいなきっちりしたテニスをする。小学校からやっていて、わざわざうちを選んで進学したんだろうと思う。俺と同じように。
 おとなしそうだが、間違いなく実力のある奴だ。多分、4月からはレギュラーの座を争うことになるだろう。しかし、その幸村がなぜこんな場所で、そしてこんなことを。
俺の見つめている目の前で、幸村をもてあそんでいる男が彼にのしかかり、乱暴にくちづけて唇をふさいだ。一体どういうことなのかと、俺はうろたえながらも目を凝らした。よく見ると、幸村は両手の手首を自分のタイで腰の後ろにくくられ、自由を奪われていた。これはもしかして、もしかしなくても、強姦罪じゃないのか?と俺は焦った。どう考えても好き合ったふたりの秘め事には見えない。  大変だ、と思い、顔がかっと熱くなった。しかし、どうすればいいのか。普段の自分なら、迷うことなく出ていって糾弾する。だが、俺自身が闖入者なのだ。それに……
友人のこんな姿を目撃している、その事実が、俺を心の中を激しくかき乱していた。
幸村は整った顔立ちをしている。同性から見ても美男だと思う。その綺麗な顔に恥じらいというよりも困惑の表情を浮かべて、彼は男に身を任せていた。泣いたり叫んだりしてもよさそうなものだが、なんだか放心しているような虚ろな瞳が、見開いて空中をさまよっている。
 そのうち、せつなげに瞼を閉じた。
 そして、声を堪えているように唇を歪ませる。
 俺がのぞいていることに気づくはずもなく、次第に目元を桜色に染めはじめる幸村は、なにか俺の知らないものを味わっているに違いなかった。俺は魅入られたように呼吸を止めたまま、変貌していく彼を見守っていた。彼の感じている悦びが自分の中に入り込んでくるように感じられ、頭の中が真っ白になった時、男の荒い息遣いと一緒に、ベルトのバックルを外す金属音が聞こえた。
(まさか)と俺は目を疑った。背広を着た男が恥知らずにも、自分の一物を取り出し幸村の口に銜えさせようとしている。