あんなことさえなければ。
 俺と幸村は、普通の友達でいられたはず。
 そう信じているけれど、それは俺のすがりたい最後の細い糸かもしれない。
 あんなことさえなければ……そう言っておかなければ、俺は耐えられない。




 春休みの日曜日、白い建物の中を俺は徘徊していた。
 それほど悪い気持ちじゃなかった。大学のキャンパスには、時々来る。普段だってコートに行くとき近道だから、中を抜けて通ることもある。その日だって、先輩に会いにきただけだから、べつに悪いことしてるわけじゃない、と思ってた。
立海大の体育会硬式庭球部の先輩はほとんどが、付属中か高校から進学している人だ。よく練習の相手をしてくれる法学部の先輩たちが、研究室に遊びに来いよと誘ってくれた。出前で飯をご馳走になって、先輩の中学時代の写真を見て、BSでやってた全米オープンの特集番組のビデオを見せてもらって、そろそろ帰りますと言って8階の研究室を出た。そのまま、エレベーターに乗らずに、階段を下りたのは、単なる好奇心からだけではなかった。
 この法学2号館に入るとき、入り口で付属中のやつをちらっと見かけたからだ。自分と同じブレザーに斜め縞のタイ。あれ、と思った。今日は大学で英語検定とか、模試とかはないはずだけど。もしかして、中学生が来ていいところがこの中にあるんだろうか?
 電気の点いていない廊下に、研究室のドアが静かに並んでいる。俺はちょっとわくわくしながら、探検に踏み出した。乱雑にポスターやバイトの求人が貼られた掲示板や、ドアの横に掛けられた教員の名札や行先表。物珍しさにきょろきょろしながら、ひとつずつドアの前を通り過ぎた。誰かが出てきたら何と言ってごまかせばいいかな、と思いながら、なるべく足音をたてないように廊下を歩いた。
 国際関係法学科資料室、と書いてある、大きな部屋の扉が半分開いていた。
 そっと、中をのぞいてみる。観葉植物の置いてあるカウンターの向こうに、本がぎっしり詰まった本棚がいくつも並べられていた。革張りの本の背表紙には難しそうな言葉が金色の文字で書かれている。