考えているうちにシャンプーが目に入った。俺は腹を立てながら掌に湯を受けて顔を洗い、目をこすった。
「返すよ、真田」
 幸村の声がして、そして、俺は慄然とした。奴はいきなりシャワーカーテンを思い切り引いて全開にしやがったのだ。
 かなり間抜けな雰囲気で俺は幸村と対峙した。幸村は、挑戦的な目つきでじっと俺を見上げている。俺も対抗しようとしたが、目が痛くて顔をしかめてしまった。幸村は大分長い間、黙って俺のことを眺めまわした末に、人を馬鹿にした調子でくすっと笑った。
「……何がおかしい!」
 かっとなった俺はヒステリックに怒鳴りつけた。幸村はさらにくすくす笑った後、急に無邪気な様子になって言った。
「日焼けしたね」
 俺は虚をつかれて呆然と幸村を見つめた。他人の身体をじろじろ見るなんて失礼じゃないか、と言おうとしていたのに俺のほうが、まじまじと幸村の裸を鑑賞してしまった。
「あ、僕も焼けてるか。……この焼け方、プールとか行くとやだよね。中途半端でさ」
 すらりとした腰に手を当てて前かがみになり、内腿のあたりをのぞいて見ながら幸村は呑気に言った。俺が見ていることなんてまるで気にも留めていない。どうしてこいつはこういうふうに急に変化するんだろう。さっきは絶対、何か企んでいる目をしていたのに。
 幸村はどちらかというと、ちょっと中性的な身体つきをしている気がした。均整が取れているが、あまり筋肉質ではない。もとが色白なので日に焼けたところの肌が赤くなっていた。俺は何も言えずに、日焼けを確認している幸村を呆然と見物していた。しばらくして、唐突に頭を上げると幸村は俺の視線を捕らえて、言い放った。
「きみ、目つきがやらしいよ」
「…………」
「そんなことないよ、ふふふ。返すねこれ」
 そう言って俺のシャワーブースにずかずかと入りこむと、棚にボディソープを乗せて、ほんの15センチくらいの距離から濡れた瞳で俺に微笑みかけた。俺は男としてそれまでの人生最大の危機に遭遇した。理性の崩壊が間近いことをひしひしと感じ、血流量が一点に集中するのがわかった。
 すると、幸村は「お邪魔」と言ってまた呑気に、ふわふわ飛んでいるように出ていってしまった。


 その晩、俺は腹立ちまぎれに、西園寺から五千万円脅し取る方法を考えて眠れぬ夜を過ごした。