乱暴に髪を洗っていたら、一番思い出したくない記憶がよみがえってきた。そうだ、確かに、あいつが俺をやった。実際あれは逆レイプとでも呼ぶべき行為で、俺があいつに初体験を奪われ、屈辱的な扱いを受けた被害者なのだ。だが俺にはあいつを正面きって糾弾することがどうしてもできない。女性が強姦の被害に遭っても警察に届け出ないのはこういう事情からなのか、と思った。いや、俺は男だからか弱い女性と違って、力づくで辱められたというわけではないのだ。いくらでも抵抗できたはずなのにそれをしないまま、なし崩しにああいうことになってしまった、その事実が今の俺の逡巡の理由だった。
 俺はなぜあんなにたやすく、欲情してしまったのだろう。多分、経験がないのが最大の原因なんだろうが、それにしたってあれはひどい。結局自分も世のどうしようもない男の一人で、要するにやれれば何でもいいということなのかな……そうは思いたくないものだが。
 それともだ。弁解の余地があるとしたら、それはつまり、つまりだ。
 俺は、幸村が好きなのか?
 幸村になにか、思慕の情でも抱いているというのか?
 あり得ない。そんなわけが……否定しつつも俺の思い出したくない記憶の開陳は継続していた。この間、幸村にだまされてホテルに行った時に、眠ってしまった彼の隣で俺はずっと煩悶していた。子供みたいな顔で安らかに寝ている幸村は、なぜだかひどく可愛らしく見えた。憎まれ口をきかなければあいつの顔は本当に、穢れのない天使のようだ。俺はいつの間にか魔法にかかったようにあいつの寝顔を見つめていて、頭の中が空になっていた。熟した桃みたいにふんわり赤らんだ柔らかそうな頬に、そっと触れてみたいと思った。そして気づいたら、息がかかるほど顔を近寄せていた。心臓が止まるかと思うほど焦ってベッドを飛び降りた。
 ここにいたら自分が何をしてしまうかわからない。俺は真剣に恐れ、逃げ帰りたくなった。そばにいるのが怖くなって、困り果ててずっと、離れたところで見守っていた。眠り姫のようにいつ目覚めるのかわからない幸村を。俺のその気持ちは、ただの状況に喚起された性的欲求にすぎないのか、それとも少しは好意や愛情や、そういう高次の感情に彩られているんだろうか?