「あの子? 可愛いね」
 咲坂さんの彼女が言った。永沢先輩のやや甘くなったボールを幸村はここぞとばかりにバックハンドで叩き込んだ。ジャッジ係が幸村の勝ちをコールした。
 満足そうに空を仰ぐと、幸村は頭を振って髪を払い、そのままこっちを見た。俺を見つけて目を大きくすると、にこりと笑う。
「すごい。なんか、ふわふわして見えるけど結構やるね」
「な。お前ら、年ごまかして大学連盟の大会出ろ。うち、ダブルスが足りないんだよ」
 咲坂さんは彼女の人の缶ジュースのプルトップを開けてあげながら言った。彼女の人もテニス部らしい。ラケットの形の飾りがついた金のブレスレットをいじりながら俺に笑いかけた。
「あなたは高校生くらいには見えるけど、あっちの子は無理よ。あんな可愛い大学生いないわ」
「俺は幸村とダブルスはできないです」
 咲坂さんが冗談で言っていることはわかっていたが、俺は言わずにはいられなかった。
 俺は最後にAレギュラーの先輩を撃破し、ゲームカウントの差でAレギュラーに上がれることになった。咲坂さんの彼女が大学の女子部の人たちと連れだってやってきて、わいわい言って観戦している。
 残ったカードは幸村と柳蓮司の試合だった。柳は終始無表情に淡々と攻めるタイプで、何を考えているかわからなくて不気味な奴だ。対照的に幸村は、試合中もいつもにこにこしていて、それはそれでまた、何を考えているかわからなくて不気味だ。
「天衣無縫って感じよね」
 咲坂さんの彼女が言った。俺は幸村にじっと目を注いだ。柳の速いサービスを的確に処理し、右に左にと振って攻めさせない。ひらひら飛んでいるように髪の毛が揺れる。