入れ替え戦は6面ある大学のコートで行われた。どんな場所でも普段の実力が発揮できてこそのレギュラーだといつも先輩に言われている。ちょっとギャラリーがつくと舞い上がってしまうような奴は、大きな大会に行ってまともに戦えたためしがない。テニスというのは確かに精神力が物を言う競技なのだ。多少技量があっても、メンタルな面が追いついていない奴は必ず、足元をすくわれる。
 コートに入ったら誰も助けてくれない。自分だけの力で闘うしかない。自分が駄目になりそうだったら自分で叱りつけて立ち直らせねばならないのだ。立派なプレイヤーは皆、口を揃えて言うが、ゲームはライバルとの競い合いである前にまず、自分との闘いなのだ。
 俺は今までそのことを解ったつもりで、本当には理解していなかったことに最近ようやく気づき始めていた。相手をなめてかかったり恫喝するのは無意味なことだ。やたらに華麗な技や力強さを見せつけている暇があったら、きちんと自分自身と対話したほうがいい。相手が誰だろうと試合のルールは同じだ。無駄なことをせず確実に勝つ、それが王者というものだ。
 その日、俺は確実にポイントを取り続けていた。同級生の柳生を退け、3年の先輩2人に競り勝った。汗を拭いてドリンクを口にしていると、
「よっ、調子いいな」
 咲坂さんがフェンスの向こうで手を振っていた。彼女らしい人が一緒にいる。
「さっきのパッシング、鮮やかだったぜ。お前、腕を上げたな」
「有難うございます」
「いい感じで行けそうじゃないか。他の2年生もなかなか大したもんだな。そういえば、幸村はどうした?」
 咲坂さんに言われて俺は今日初めて幸村のことを思い出した。自分でも意外だった。幸村はどうだったんだろう?
「あ、永沢とやってるな。勝ってるじゃないか」
 幸村は副部長の永沢先輩と対戦していた。5−4でリードしている。長身の永沢先輩がリーチを一杯に使ってハイボレーを打ってきた。幸村は思い切り走ってリターンした。永沢先輩のチャンスボールだ。しかし、幸村は冷静に下がってきれいに逆サイドに入れ返した。