「頑張れよ。そこの仏頂面を負かしてやれよ」
「僕たち、直接当たらないから。ね」
 ウインクされて俺は仕方なくうなずいた。咲坂さんは面白そうに俺を眺めた。
「まったく頼もしい後輩だよ」
「それなら今年も順当に全国、いただきだな。大学庭球部はかなわないぜ」
 先輩たちは口々に言って、値踏みするように俺と幸村を見比べた。咲坂さんが急に俺に向かって言った。
「しかしお前たち、仲良かったんだな。意外だよ」
「……そうですか」
「え? 親友ですよ」
 何食わぬ顔で幸村は笑って、俺の肩に両手を置いてその上に顔を乗せた。髪がふわりと頬に触れて、俺はびっくりしてその場に固まってしまった。
「お前らのどちらかが次の部長、副部長なんだろうな。気が合ってるなら結構なことだ」
 俺はそろそろと幸村と目を合わせた。幸村は、ちょっと首をかしげて探るように俺を見る。気が合ってる? ふざけた話だ。この世でこれほど気の合わない相手もいないくらいだ。だが、こいつと俺との間には守らねばならない秘密がある。
「真田が部長になるね、きっと。きみなら頼りになるな」
 秘密を守るにふさわしく、幸村は世辞を言って微笑んだ。俺が部長になっている姿なんて、まるで想像できない。皆に慕われ、訓示したり檄を飛ばしたりする役は幸村のほうがずっと似つかわしい。しかし、幸村がテニス部を率いて俺がそれに従うのは、愉快でない気もした。皆は知る由もないが、こいつの悪魔のような所業を俺は目の当たりにしているのだ。知らないこととはいえ、こんな素行の悪い奴を長に頂くのは部の恥ではなかろうか。
 だが、その一部はもとより幸村の罪ではないのだし、俺もそれに加担している。
 幸村のふわりとした髪は、いい香りがする。俺はあまり利口でない昆虫のように、その香りに絡め取られている気がした。