「まず聞くが、謝意の表明会場がなぜラブホテルだ」
 不愉快を表明するべく腕組みして言ってやった。この先一生口にすることがないことを祈りたい単語だ。言っただけでどぎまぎしてくる。
「えー、それは、きみの希望かなと思って。だって、この間のじゃあんまりでしょう?」
「何を考えてるんだお前は!」
 俺が怒鳴ると、幸村は耳を塞ぐ仕草をしてから、にこやかに言う。
「まあ、おかけください」
「はぐらかすな。ふざけた真似をするなよ。俺がお前をどうにかしたいと思ってるとでも言うのか? からかうのもいい加減にしろ」
「うわあ、真田こわーい。生活指導主任の先生みたい」
「だから」
 詰め寄ろうとした俺の両手をいきなり取って、幸村はテレパシーで何かを伝えようとするようにじっと、俺を見つめた。同い年なのに俺が見たこともないものを、分かるはずもないことを、すでに沢山知っている瞳で。幸村の目は少し変わった色をしている。うっすら緑色がかったような茶色の虹彩が、猫みたいだな、と関係ないことを頭の隅で思った。
「感謝の気持ちを表そうとしてるんだよ、これでも。僕がきみのためにできることを、ちゃんと考えたよ」
 平静を装っているが、実はほとんど失神しそうな俺を瞳に映して、幸村は言った。
「僕と、やりたくないの」
「まったく、ひとかけらも、頼まれても金輪際御免こうむる」
「本当?」
(本当……かな?)
 ほんの少し俺は逡巡する。不服そうに尖らせた唇に、触れてみたいとはひとかけらも思っていないのか? 頼まれても金輪際、なんて言っておいて、もしも頼まれたら?(抱いて)なんて。
 それでも、完璧な優等生の俺は、模範解答しか答えられない。
「疑われるなら俺が悪いが、二度とああいうことをお前にする気はない」
「……そう」
 幸村は小さなため息をつくと、俺の手を離して微笑んだ。俺は心から安堵した。もしこいつがこの間のように実力行使に及んできたら、今の俺には多分勝てない。