「何階だ?」
「えっと、……6階」
 幸村はポケットに入れた何かを引っ張り出して、見て答えた。
「ちょっと待て」
 今に至って俺は、ここが誰かの家とかそういうのと明らかに違うことにやっと気づいた。なんで1階のボタンの脇に「フロント」って書いてあるんだ?
「何だ、この『チェックインカード発行ご希望のお客様は…』って?」
「え、何だろう。着いた、6階だよ」
 おかしくてたまらないような顔で幸村は俺を見て、降りなきゃ、と言った。
「謀ったな!」
「なんで気がつかないの。もう最高、笑えすぎ」
 狭いエレベーターホールの右側と左側にひとつずつ扉がある。幸村は左側の扉に鍵を差し込んで開けた。俺は憮然として幸村をにらみつけた。
「俺は帰るぞ」
「うそ、もったいないよ」
「……いくらなんだ」
「ご休憩2時間で4000円になります、お客様。でももちろん、僕のおごりだよ」
 幸村は何食わぬ顔でにっこりした。俺は無性に腹立たしかったが、妙な対抗意識に駆られた。こいつはこういう場所に来るのなんて、なんでもないんだ。慣れてるんだ。なにせ上級者だから。俺とは違ってエキスパートなんだ。
「入らない? そこの天井にカメラついてるよ」
 幸村が俺の背後を指差した。俺は飛び上がりそうになって振り返った。
「嘘をつくな!」
「怒らないでよ」
 部屋の中は意外に広かった。紫とかピンクとかで満艦飾なのかと思ったが、べつに普通だ。ただ、窓がなかった。雄大なベッドと無駄に大きな薄型テレビがあった。幸村はさっさとベッドに座って、無邪気この上ない顔をして俺を見上げた。とんでもない不良だ、こいつ。