ユキは中間考査に出て来られなかった。そしてそのまま、秋が過ぎていった。
 立海大の銀杏並木はすっかり葉を落として、石畳の上に黄色く降り積もった。毎日そこを歩きながら、俺は蓮司の言ったことを思い出す。
 世の中っていうのは、不公平なところなのさ。それは、多分真実だろう。そして俺は恵まれた人間のほうに入るのかもしれない。こうして学校に通えて、テニスができて、たまにケンカしたりもするがいい友人も、後輩もいる。
 ならば俺は、自分ほど恵まれていない人の分も、何かを成し遂げなければいけないのだろう。
 俺にはそうする義務があり、それが俺の、他の奴らに対する借りの返し方になるのだろう。
 俺がしなければならないことは、勝ち続けること。それだけだ。
 全国大会3連覇、それがテニス部の合言葉になり、俺たちは勝利を誓いあった。
 ユキがいなくても……いや、ユキはきっと戻ってくるだろう。だから俺は、何も言わないでいた。いま言わなくったって、いいと思った。きっとこの先いつだって、言えるんだから。
 そう、俺は自分に言い聞かせていた。



 大晦日まで練習をして、正月は3日まで部活が休みだった。
 こんなに長くテニスをしないでいるのは久しぶりで、身体が鈍ってしまいそうだったので、どこかに打ちに行こうかと思っていたとき、電話がかかってきた。
「弦一郎、いっしょに冬休みの宿題しない?」
「ユキ、退院したのか!」
 俺が声を弾ませると、ユキは電話の向こうで「ううん」と答えた。
「お正月の間だけ、家に帰ってるんだ。あしたは病院に戻らなきゃいけないんだけど」
 外はどんよりとした曇り空で、冷たい風が時折、音を立てて吹いていた。ユキは車で送ってもらってうちに来た。俺がユキの家に行くつもりだったのだが、久しぶりだから弦一郎の家に行きたい、とユキが言ったのだ。暖かそうな新しい白いコートにくるまったユキは、元気そうとはとても言えなかったけど、病院で会ったときよりもずっとましに見えた。
「ここの家のおこたって、前と変わらないね」
 客間の掘り炬燵に入ってココアを飲みながら、ユキは嬉しそうに言った。
「小さいころ、これ、めずらしかったな。神棚のある部屋も、昔と同じ?」
「変わってないと思うが」
「あの部屋、怖かったよね。入ったらばちが当たりそうでさ」
 ユキが子どもの頃の話をするのが、俺は少し切なかった。なんだか、もう会えないから今までのことを振り返ってるみたいに聞こえて、胸が詰まった。正月に家に帰してもらえたのも、病状が好転したからではなくて、その逆だからなのかな、と考えたら、辛くてたまらなくなった。
 課題のページを開くと、ユキはしばらく鉛筆を走らせていたが、そのうち小さくため息をついた。
「わすれちゃったなあ」
「数学か?」
「うん……まあ、いいや」
 鉛筆を置き、ユキは炬燵に入ったまま寝ころんで、窓の外の空を見上げてつぶやいた。