「なあ、弦一郎」
 コートに続いている、土手の上の道で、蓮司は俺を振り返った。
「お前、ユキに『好き』って言ってやったか?」
「えっ……?」
 俺は呆然として、蓮司を見た。蓮司は、いつもの澄ました顔をしていた。
「励ましたいなら、言ってやったら喜ぶと思うな」
「おい、何言ってるんだよ」
「言う前にユキが死んじゃったら後悔するぞ」
 呑気に遠くの方を眺めながら、蓮司は言う。
「お前が好きなんだよ、ユキは」
 そう俺に告げてから、蓮司は淡々としゃべった。
「俺は、ユキにふられちゃった。好きって言ったら、泣きそうになっちゃって、悪いことしたなって思ったよ。でも、後悔はしてないよ。ずっと昔から、分かってたしな……ユキが弦一郎を選ぶことは。それでも言いたかっただけだから、言って気が済んだよ。いや、言ってよかった。あのときだけ、ユキは俺だけを見てくれたんだから」
 俺の沈痛な面持ちを見て、蓮司は「なんだよ、そんな顔して」と笑った。
「大丈夫、俺は割り切れてるんだ。世の中っていうのは不公平なところなのさ。いつも公平にじゃんけんで、っていうわけには、いかないんだよ」
「蓮司……」
「ユキと代わってあげられたらよかったな。遅かれ早かれみんなに死は訪れるんだ、それだけは公平なんだよな…俺はべつに、未来にすごい夢があるわけじゃないし、今終わってもいつ終わっても構わないんだけど」
 歌うように言って振り向くと、蓮司は真摯に俺を見つめて口にした。
「言わなきゃ駄目だぜ。ふたりはそんなこと、お互い分かってるからいいって思ってるかもしれないけど、こういうことは言葉にしなきゃ」
 わかったか?と目を見て言われ、俺はうなずくしかなかった。
「ユキを喜ばせてやれるように、頑張ろうぜ。細かい仕事は俺が代わるから、お前は部長のつもりでやれよ。みんなもそう思ってるからな、今はお前がリーダーだって」
「蓮司、お前には感謝してる」
「わかってるよ、真田副部長」
 そう言いながら蓮司はノートを取り出し、何か書き始めた。いつもお前は何を書いてるんだ?と言ったら、楽しそうに「ひみつ」と答えた。