何が起こったのか、わからなかった。みんなの騒ぐ声もなにも聞こえなくなり、手からラケットが滑り落ちて乾いた音がするまで、俺はその場に立ち尽くしていた。映画の中の出来事みたいに思えた。目を開こうとしないユキに丸井が涙声で叫び出し、誰かが「先生を呼んでくる!」と駆け出そうとした。それを蓮司が制した。
「保健室に連れてく」
「俺が…」
 蓮司は素早く首を横に振った。
「お前は副部長だ。部長と二人とも抜けるのはよくない」
 そう言ってユキを抱え上げると、
「皆を動揺させるな」
 俺に耳打ちして、落ち着いた様子で歩いていった。切原が目をぱちくりさせながら、
「部長、大丈夫なんスか…?」
 と不安げにつぶやいた。
「心配ない、連司に任せておけ。それより練習だ!」
 俺は戸惑いを振り払うように思い切り大きな声を出した。しゃがみこんでいた丸井がちょっと責めるような目で俺を見た。
「あいつに任せれば大丈夫だ、ここで俺たちがおろおろしていてもしょうがないだろう」
 俺が言うと、桑原や柳生が「そうだな」「練習しましょう」とうなずいてくれた。練習を再開した俺たちは、まるで明日にでも大会が迫っているかのような偽物の緊張感の中で、必死にボールを追っていた。あの時の十数分間は、何時間もに思えた。切原と俺はどちらかがミスをしたら何かが壊れてしまうみたいに、ひたすらラリーを続けた。俺は頭の中で、(お前は副部長だ)(皆を動揺させるな)とずっと唱えていた。
 しかし、いつまでたってもユキも蓮司も、戻ってこなかった。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきて、次第に近くなり、すぐ近くで音が止まった。丸井がたまりかねたようにコートを飛び出し、校舎のほうへ走って行った。切原も、怯えた顔をしながらも、
「副部長、見に行かなくて、いいんスか?」
と、俺に抗議するように言った。
「いいんだ、気にするな」
「でも!」
 切原は悪くない。気遣ってくれているんだ。それは分かっていたけれど、虚勢を張り続けた俺はもう心細さで壊れそうで、奴の言葉にぷつんとどこかの糸が切れてしまった。俺に平手打ちを食らわされた切原は、悔しそうに口元を歪めながら「すいません」とだけ答えた。みんな、黙りこんでいた。そのうちまたサイレンの音がして、すぐに遠ざかっていった。
「あ、ブン太が帰ってきたぞ」
 救われたように桑原が言った。丸井は一人でとぼとぼ戻ってくると、
「柳も一緒に乗っていっちゃった…どうしよう、ユキ、どうしたんだろう!」
 そう言いながら、両手で顔を覆ってしまった。
 できるものなら俺も一緒に泣きたくなった。でも、蓮司が俺に後を任せて行ったと思うと、なにか悲壮な決意のようなものが、俺を駆り立てた。