あれは、三者面談で俺が部活を途中で抜けた秋の日だった。
 時間が押してしまって、大分遅くなってからコートに行くともう誰もいない。着替えようと部室に入ると、ユキが一人でぽつんと座っていた。
 弾かれたように頭を上げて俺を見上げた、ユキの目がなんだか潤んでいるように見えた。
「……どうした?」
 胸騒ぎがした。なにか、とんでもなく悪いことが起きたんじゃないかと。
 ユキは何か言おうとしているようだった。でも、魔女に声を取られた人魚姫のように、絶望的な瞳をするばかりだった。俺は思わずユキの肩をつかんで、乱暴に揺さぶり、
「どうしたんだ!」
と、怒鳴ってしまった。するとユキは口ごもりながら、やっとのことで言った。
「あ、ぼく、あの……なんでもないよ」
 そして慌てて着替えはじめた。俺はしまったと思ったが、どうすればいいのかわからなかった。というより、ショックでなにもわからなくなってしまった。ユキに隠しごとをされるなんて。ずっと一緒にすごしてきた、ずっと友達だと思ってたユキが、俺に何も言ってくれないなんて。
 俺は、そのことでユキを責める気にはまったくならなかった。間違いなく自分に非があると感じた。いつも俺は大事なことを、言わなきゃいけないことを、言葉にできずに終わってしまう。大人になったふりをしてても、中身はいつまでも子供のままだ。ネクタイが上手く結べない、すぐキレる子供のままだ。
 俺が呆然としている間にユキは黙って帰ってしまい、俺は世界の終わりが来たような気持ちで部室に取り残された。もう、明日朝練に来るのも嫌になった。



 翌朝、最悪の気分で登校すると、いつも通りのユキに迎えられた。
「おはよう!」
 何事もなかったように、俺にむかって笑いかけるから、よかった、昨日のことは嘘なんだ、なにかの間違いだったんだ、と思った。霧が晴れて陽がのぞくみたいに、俺の気分はみるみる回復した。そこへちょうど蓮司が入ってきたので、俺は何の気なしにおはよう、と声をかけた。
 ところがだ。
 蓮司は俺とユキを見ると。なんともいえない不思議な顔をした。そして何も言わないまま、かすかにうなずいたような、そうでないような仕草をして、そのまま行ってしまった。
「なんだよ、あいつ?」
 俺は拍子抜けしてつぶやき、同意を求めて傍らのユキを振り向いた。
 ユキは、表情をこわばらせて黙っていた。
 そうか、ユキと蓮司は喧嘩したんだ、と俺は理解した。今の態度はそれでなんだ、昨日のあれもきっと、そうなんだ。分かってみるとなんだかほっとして、それに、なんだか自分が馬鹿みたいで、俺は苦笑した。勝手な話で、その時の俺にはこれっぽっちも、ふたりが仲たがいした、という事実を心配したり、気遣う気持ちなどわいてこなかった。友達なんだから自分が間に入って仲裁しようとか、そんな配慮も浮かんでこなかった。まさか、ふたりの間に起こったことが、喧嘩ではなくてむしろ逆のこと…そう、そんなことだったなんて、思いつくはずもなかった。