ふらふら歩いていた僕の後ろから突然、クラクションの音と名前を呼ぶ声が聞こえた。
「何してるんだ?」
 すごいラテン系の美女、じゃなくって運転席に座ってる彼女の横から顔を出してるのはなんとなんと、テニス部の桑原くんじゃありませんか。そっちこそ、何してるんだ? 外車のステアリングを握ってるサングラスのお姉さんはふっくらした唇から白い歯をのぞかせて微笑み、
「学校のお友達でしょ、乗ってけば?」
と、けだるい声を出した。
 僕が赤いカマロのバックシートに潜り込むと、ゴージャスなお姉さんはかなり威勢よく車を発進させて、横柄な口調で桑原に命令した。
「紹介しなさいよ」
「クラスメイトの幸村だよ。幸村、こいつ俺の従姉のアネッサ」
「こんにちわぁ」
 僕は恐る恐る挨拶した。お姉さんは桑原の親戚、ということは、やっぱりハーフなのか。サングラスを額の上に押し上げると、アイラインてんこ盛りの目元と、ぴちぴちの白のタンクトップの胸元がかなりの迫力だ。アネッサはバックミラー越しに「ハーイ」とクールに目配せした。
「何だよ、日曜日に制服で?」
「ちょっとめんどくさい親族の集まりがあったんだよ、ホテルで」
「ふうん、なんか、大変そうだな。お前、家どこだっけ?」
「お家まで送ってもいいけど、よかったらこのままウチに来ない? これからパーティなの、買い出しに来たのよ」
 強引に車線変更しながらアネッサお姉さんが言った。桑原が助手席からこっちを向いて、
「よせよ、俺の友達を変なことに誘うなよ」
と言いながら、僕の肩をつっついて声をひそめた。
「俺、芝刈り機かけなきゃいけないんだ、アネッサんちの庭に。この暑いのにさ! 荷物持ちもさせられるしもう最悪、ほんと帰りてえよ…まあ、こいつんちのパーティ悪くないけどさ。アネッサの親って大使館に勤めてるから、インターナショナルスクールの子とか来るぜ、幸村のお好みに合うかわかんねえけど」
「ジャッキー、あんた何ごちゃごちゃ言ってんの、子供の分際で。今日は一日、うちの召使いだって言ったでしょ」
 お姉さんは桑原を小突いてから、僕を振り向いてセクシーな笑顔で誘った。
「大丈夫よ、お友達はお客様」
 もう、何もかもがめんどくさくなってきたから、僕はそのまま桑原につきあうことにした。アネッサお姉さんちの豪邸は山の上にあって、アメリカのテレビドラマに出てくる家みたいな広大な芝生の前庭があるのを見て、真剣に桑原に同情したけどお姉さんは、
「お客様はいいの。いらっしゃい」
と、荷物持ちもさせてくれなかった。