そして………
 もう、よく覚えていない。ベッドの上で気づいて時計を見たらもう午後だった。先生はとっくに姿を消してた。いつもそうなんだ。用が済んだらもう僕なんかゴミにしか見えないんだろう。
 あそこまで酷いことをされたのは初めてだった。部屋に入るなり胸ぐらをひっつかまれて突き飛ばされ、ベッドに倒れこんだ僕を先生は獰猛なハゲタカみたいな目で見下ろした。
「どこの子だ、あの餓鬼は」
「だれですか」
 黙っているとそれをまた叱責されるので、仕方なく僕は答えた。
「決まっているだろう。君の素敵なお友達の真田君だ」
「しらない……電車、逆方向だし」
「あの子の親や兄弟はうちの関係者じゃないだろうな。私の知る限りでは同じ名字の教職員はいないはずだが…どういう家の子だ」
 やっぱりそう来たか、と僕は内心、ほんの少しだけ得意だった。先生は中学2年生の頭脳の程度をわりと低く見積もってる。僕と真田があれを考えついたとは、思ってもみないに違いないと予想したのは当たっていた。僕の可愛らしい頭の中にも、知性らしきものって多少は入っているんだよね。ただ、今まで実行力が伴なっていなかっただけ。
「全然知りません。そんなに仲良くないし…」
「おやおや、勇敢なナイトにむかって随分な言いぐさだな」
 あの人はつかつかと向かってくると、僕の襟首に手をかけた。
「あいつに何をしゃべった!」
「先生と、つきあってるって、つきあってるから干渉しないでって言いました」
 僕は自制に努めながら返答した。嘘じゃない、必死で自分にそう言い聞かせる。
「それで本当に納得したのか!」
「させた。あいつを誘惑して、秘密を作って黙らせた」
 嘘じゃない。こう言おうとずっと考えてた。真田の名誉なんか悪いけどこの際関係ない。僕がやったことって要するにそういうことだろ。そして、いきさつはどうあれ結果的にそうなったじゃないか。
 僕がそう言うと先生はしばらく、地獄の底から見張っているような目で僕を見てからゆっくりと、気分が悪くなるような微笑を浮かべた。
「ほう……」
 目をそらしちゃだめだ。なんとかして踏みとどまれ、と僕はさらに自分を叱咤した。