「さてこの場合、主人公はどっちを選ぶのがいいと思いますか? 幼馴染の川向こうの魔法使いか、それともマルチプルの赤い瞳か」
「へ? 主人公って、赤い瞳が主人公なんじゃなかったっけ、これ?」
 赤也と蓮二は立海大図書館のPCラウンジに座って話していた。この話が連載されているアンダーグラウンドのウェブサイトを蓮二から聞き出した赤也は早速続きを中学校のコンピュータールームへ読みに行ってみたのであるが、ブラウザの規制にひっかかって読めなかったのである。
「そうだね…まあ、今までそういう装いで書いてたみたいだけど、実はそれは読者の目を欺く仕掛けであって、真の主人公はこっちの人らしい…」
「らしいってアンタ、自分で書いてるんでしょ!」
 つっこみを入れた赤也に蓮二はぼんやりした顔のまま答えた。
「自分で書いてるんだかどうだか判然としなくなってきたんだ…そういうのってない? 活字になると誰か別の人が書いたものみたいで、妙に違和感があってさ…」
「オレ、活字になったことがないからわかんないッス」
「とにかく、これを今読んでも全然自分の作品のような気がしないんだよ。だから、続きはどうなるんですか?っていうメールをいっぱいもらってるんだけど、そもそも続きをどうしたかったんだかまるっきり思い出せない」
「柳さん、それヤバいよ、アルツハイマーとか脳の病気じゃない?」
「な」
 蓮二は薄笑いを浮かべてなにやらキーボードを操作し始めた。赤也は少しばかり心配になって、何を考えているのかよくわからない先輩の横顔を眺めた。
「ねえ、今日昼飯に何を食べたかちゃんと思い出せる?」
「……なんだっけなあ。なんか、長いものだった気がするなあ………」
「食ってねえよ、うどんなんか。お弁当持ってきてたじゃん。いまに絶対オレのこと『弦一郎』とか呼び出すよこのヒト。賭けてもいい」
「世話をかけるねえ、赤也や。俺の遺言状にはお前に譲るもの一覧をちゃんと書いておいてあげるよ」
「何くれるの?」
「ノートとかあげるよ。全教科分」
 赤也は不賛成の意を示すべく一人で舌を出して、怪しいウェブサイトの他のページを読み始めたが、視線を感じて隣を見た。蓮二がなんだか幸せそうに微笑みながら自分のことを見つめていた。
「なんスか」
「お前は、いい子だね」
「……気持ち悪い」
 そう言いながら赤也は画面に目を戻した。わけもなく胸がどきどきする。脳の病気なんじゃないかと思った。