そんなことがあって、心を落ち着かせるのに少々手間取ってしまったので、大分たってから赤い瞳は真剣に「嘘だ」と唱えて暗闇の魔法から脱出しました。
 見回すと、王妃の姿がありません。どこかに隠れたのかと思い、辺りを探してみても見当たらず、なんだ、仕留めたと思って帰ってしまったのか、と赤い瞳は憤慨しました。しかし王妃が消えたのならばこれ幸い、今のうちに参謀閣下を説得しようと、早速彼は階段を駆け下り、閣下と幼馴染が話をしていた場所へ飛んでいきました。
「しまった、マルチプルが復活してきた」
 声を限りに呼びながら駆けてきた彼を見て、黒い羽根の魔道師がたじろぎましたが、参謀閣下は目を見張って、
「また会えたね…」
とだけ言いました。相変わらず抑揚のない言い方でしたが、普段よりまったく元気がなかったので赤い瞳はなんだか心配になり、 「あのう、本当に生き返ったの? 幽霊じゃないよね、触ってもいい?」
と、近寄って参謀閣下を見上げました。すると、彼はひどく複雑な顔になって答えました。
「いくらでも触っていいよ、ちゃんと実体はあるから…。ただ、さっきまでのことがよく思い出せない」
「えー?」
「魔法力が制御できなくなったんだ…いつもは、やたらに力を解放しないように戒めの標しをつけているから、大丈夫だけど、あれを外したら自分でも何をやってるんだかわからなくなってしまって…」
「すげえ冷静に見えたんだけど、ちがったの?」
「全然。徹夜明けでハイになってるみたいな感じだった」
 彼はとても恥ずかしそうに小声で言いました。
「誰かが『本当にそれでいいの?』と言ってるのが聴こえて気がついたんだけど、それを聞いたら、今までの記憶が全部いっぺんによみがえってきて、なんだかもう何もかもどうでもいいやって気がして…ハルが止めてくれなかったら、あのままこの階段ごとすべてを粉砕しちゃうところだった」
(あちゃー)
 赤い瞳は何と言ったものだか、返事に困りました。どうやら、参謀閣下は自分のせいでキレたわけではないことは確かなようでしたが、最初からキレていたところに自分が余計な一言を入れたせいでとどめをさした、というのが実情だったようです。確かにこの人に一旦スイッチが入ったら、世界を軽く一、二回崩壊させるくらいはやりかねないと思ったので、心の中で彼は参謀閣下の幼馴染に感謝しました。