「目の色が…変わって……まさか、おまえも、マルチプルなのか!」
 王妃は怯えた表情でそれを眺め、赤い瞳の知らない言葉をつぶやきました。マルチプルとは多重、つまり、二つ以上の人格を入れ替える魔法の持ち主を指しています。
「うちの世継ぎの王子以外に、この次元にマルチプルがいたとは…ハル、聞いてる? データを取って!」
 呼び掛けられた黒い羽根の魔道師は、すでに怜悧なまなざしで食い入るように赤い瞳を見守っていました。
「たしかに、そいつも使えるようだ。『無我の境地』…クイーン、来るぞ、気をつけろ!」
 赤い瞳の耳は、すでに何も聞いていませんでした。気づかぬうちに己をなにかに乗っ取られ、自分以外の誰かの技を自在に繰り出していたのです。氷の刃は青白い冷気を吐いて、辺りの空気を凍りつかせんばかりでした。黒い王妃はふたたび炎を剣にみたてて立ち向かいましたが、気持ちの動揺が魔法力に表われるのか、さきほどまでとはうってかわった、精彩のない戦いぶりでした。
「な、なんということ…マルチプルなうえにその氷の剣、いったいどこから出してきたんだ。手の内隠しすぎだろう!」
「いや、おそらく、あらかじめセットされていた魔法だよ。その子が自分で使えるとは思えない…それとも」
 黒い羽根の魔道師は答えながら、眼鏡を上げてじっと赤い瞳の姿を凝視しました。
「もしかして、なにか…レンジの持ち物を、持っているね?」
「しつこいよ! 死んでまで力を及ぼすなんて」
 王妃は赤い瞳の激しい突きをかわしながら、怒り心頭の様子で叫びました。
「いさぎよくくたばりゃいいのに、こんなガキに執着を残しやがって」
 一方、赤い瞳は苛立っていました。敵の変貌に驚いた王妃が、さきほどから防戦一方に傾き、ひらひらと攻撃を受け流すばかりで一向に、まともに剣を交えようとしないのです。次第に、得物が重く感じられ始めました。息を切らしながら、赤い瞳は王妃のののしる声を聞きました。空っぽになっていた頭の中に、その言葉が突然こだましました。