王妃が剣を振るうと、その切っ先から水が溢れ、生き物のように赤い瞳に絡みつきました。触手のような水流は渦を巻きながら彼の剣を奪い流そうとしました。
「うわわ、なにしやがる!」
 慌てて水を剣で叩いても、ぱしゃぱしゃ飛沫が上がるだけで切れるはずもありません。赤い瞳は大いに怒りながら、まとわりつく水を振り払いましたが、すっかりずぶ濡れになってしまいました。わめきながらぷるぷる頭を振っている彼を見て、黒の王妃は子供のように無邪気に笑い出しました。
「きみのその格好! それに、そのくるんくるんした髪の毛ときたら! 犬をお風呂に入れた後みたいだ」
「うるせえ!」
 普段なら見かけのことなど気にしたりしませんが、この人に指摘されるとなんだか無性に気恥ずかしくなります。赤い瞳はすっかり頭に血が上って、怒鳴りちらしました。
「やかましいんだよ、ちょっとイケた面してると思って、バカにすんな!」
「お門違いじゃないの。きみだって、十分感じのいい美少年だ」
 黒の王妃はそのさらさらした栗色の髪をこれ見よがしに指で梳いて言いました。
「成長したらさぞかし見目のいいマジックナイトになるだろうね。きみと、あの物凄い皇帝陛下を両脇に従えたら無敵だな…うらやましい限りだ。そこで死んでるきれいな顔のウィザードさんもいたらよかったんだけど」
 王妃がそう言ったので、赤い瞳は本気で腹を立てました。
「てめえ、参謀閣下を侮辱すんなよ」
「まったく、誰も彼も、なんだってそう血気にはやって死に急ぐんだい? 命を落としたら、おしまいじゃないか」
「命を賭けてんだよ! オレも、参謀閣下も、ここにいる者はみんな、姫様と天上の門を死んでもお護りするって決めてるんだ!
 あんたみたいな、ふざけた野郎をここより先に一歩でも、通してたまるか!」
「あっそう。それほどに死にたければ、死ね」
 黒の王妃は突如牙を剥きました。床を蹴ってひらりと舞い上がると、天の御使いのように空中高く飛んで、真上から炎の色に焼けた刃をかざし突っ込んできたのです。赤い瞳は死にもの狂いでそれを受け止めました。しかし、王妃の魔力の刃は紅に燃えて、彼の剣を焼き切らんばかりです。