「そんなら教えてやるぜ、オレがあの方にいただいた名前は、『赤い瞳』だ!」
「そう…覚えておくよ」
「あんたの名前は、オレは聞く必要ない。早く抜けよ?」
 王妃がマントをすっかり脱いでしまい、オーロラに包まれたようなきれいな、すらりとした姿を顕すと、赤い瞳は少々とまどいました。その身体のどこにも、武器など帯びていなかったからです。
「始めていいよ、どうぞ、そちらから」
 王妃は微笑み、軽く手を差し伸べて招きました。試しているのでしょう。
 赤い瞳はもちろん、遠慮などする気はさらさらありません。振りかぶると、防御する気もないような相手に向かってまっすぐ突進しました。優しく微笑んだままの敵は両手を広げて待ち構えています。その様子ときたらまったくの隙だらけ、攻撃し放題と言ってもいいようなものでしたから、走りこんで得意な側から思いきり斬りつけました。いや、斬りつけようとしたのですが、信じ難いことに彼の剣は、何かとても硬いものに阻まれました。赤い瞳は驚愕して飛び退き、まじまじと敵を見つめました。相手の手の中には、突如現われたまばゆく輝く金剛石でできた剣が握られていました。
 これこそ黒い王妃が最も得意とする「カウンター」という魔法なのです。この人の剣には実体がなく、敵の攻撃に瞬時に、最も適切に対抗できる剣を出現させる技こそが魔術なのでした。どう?と言いたげに、クイーンは口元をほころばせました。桜色の唇が微笑むとそれはそれは美しく、確かに地上に並ぶもののない、麗しさと力とを兼ね備えた人だと認めざるを得ません。
「さすが、いい打ち込みだね」
 王妃は金剛石の刃に軽く指を触れ、赤い瞳の剣を受け止めた場所を確かめました。実体がないといっても、魔法の刃は叩かれればそれなりに損なわれるようです。
「では『赤い瞳』、僕も全力でいかせてもらうよ!」
 きらきら光る剣を上段に構え、黒い王妃はきりりと表情を引き締めたかと思うと、猛然と攻撃を繰り出しました。金剛石の刃は鋭く輝く残像を残して舞い踊り、赤い瞳を幻惑しましたが、刃をぶつけあううちに王妃は唇を噛んで後ろへ跳び退りました。
「やるな……速い」
「なめてただろう。こんなんで驚いてんじゃねえよ!」
 赤い瞳は、唾を吐き捨てて怒鳴りつけました。どんなに強い術使いかしれないが、この雲の上まで届く階段をほとんど頂まで上り詰めた自分に、倒せない敵ではないはず。そう思い、一気に敵のふところに飛び込もうとしました。すると、黒の王妃の手からは輝く剣がふっと消え失せ、替わりになんと、透き通った水でできた剣が現われたのです。