ついに、
 赤い瞳は、これまで長いこと待ち構えた好敵手とあいまみえることになりました。
美しい妖精の姫にあらかじめ預言された彼の敵は、川の向こうの領土に覇を称える、黒い王妃と呼ばれる人でした。万能の支配者である黒の王と並び立つクイーンは、知力と絶世の美貌とを備えた魔法剣の使い手です。赤い瞳はまだ、知りませんでしたが、黒い王妃とその一党が慕ってやまない彼らの王は、しばらく前の領土争いで氷の国の白の王との一騎打ちの末に傷を負い、癒しの泉へと送られていました。王に代わって黒の一族を束ねる摂政官がそうしたのです。空間転送の技を持つ摂政官は、自らは天まで届く階段の下から、軍団の乱暴者たちを率いて攻め上り、その間に王妃と、黒い羽根の魔道師とを頂上近くに送りこんできたのでした。
 かつて妖精の姫に言われた言葉を、赤い瞳はもちろん、忘れたことなどありませんでした。必ずこの人を倒す、姫のしもべになったときから、ずっとそれだけを心に誓ってきたのです。
「まずはきみの名前を聞こうか、やんちゃさん」
 愛剣を抜きはなち、闘志をむき出しに向かい合った赤い瞳にむかって、王妃は悠揚と腕組みしたまま言いました。その気品に満ちあふれた余裕たっぷりの態度は、対峙する者をこのうえなく苛立たせました。
「はン! そんなもの、聞いてどうするんスか」
「まあ、そうやたらに猛々しくふるまうのはおよしよ。おたがい名乗りもせずに斬りあうなんて、野蛮な真似はこの場所にふさわしくないだろう」
 王妃は身にまとったつややかな黒いマントを肩から外しながら、階段の下のほうを眺めました。そこには先程の闘いの結末が、あまりにむごたらしい光景がありました。
 真紅の血の海の中で絶命している参謀閣下の前に、彼の幼馴染がもはや為すすべもなくじっと立ち尽くしていました。涙を流しているようでした。赤い瞳は、わざと思いきりそこから目をそらしました。見たら自分まで泣いてしまいます。
「オレは……」
 哀しい運命にもてあそばれ、それでも最期まで姫に忠義をつらぬき通した参謀閣下を、赤い瞳は真に尊敬すべき方だと思いました。そして、姫の正統な騎士と認められたおのれは彼の分も、必ず戦いぬいて勝つ、とあらためて心に固く誓いました。