「ねえ、本当に、それでいいの? オレは、貴方に生きていてほしい!」
 階段の上から赤い瞳は思わず叫びました。すると、炎を点した目になった魔道師は、初めて感情らしいものを見せました。
「今さら俺に、後悔させるな!」
 そう怒鳴って、これまで溜め込んだすべてを爆発させたのです。銀のオーラが超高熱の火を噴いて沸き起こり、魔道師の黒髪を焦がすほどに燃え上がりました。自制心を失った彼の瞳にはもう何も映っていません。黒い羽根の敵は苦しそうにつぶやきました。
「お前の強すぎる力が、すべての不幸を招く…憐れむしかできない俺を、許せ」
 暴走する魔力が虹色の火の粉になって、魔道師の敵を包むかと思われた刹那、
「せめて、俺が終わらせてやる!」
 飛び込んできた黒い羽根の男が、なんと、首にかけていた飾りナイフで友に斬りつけたのです。普段なら戦いの役になど立つはずもない、とても小さな、しかし魔法でない実体のある刃は、怒りと憎しみ、そして哀しみに心を占拠されてしまった魔道師の頸動脈を正確に切り裂きました。真っ赤な血が噴き出し、彼は矢に射抜かれた小鳥のように、ぱたりと地面に落ちました。
 そして、彼の放った暗黒の魔力の炎は、その魂と引き替えに浄化され美しい輝きになって、星の雨のように辺りに降り注ぎました。


「……いやだーっっ!」
 赤い瞳は、狂ったように絶叫して参謀閣下のもとへ駆け寄ろうとしました。
 しかし、新たな敵が彼の行く手を阻みました。
「きみの相手は僕だ」
 このひとが、黒い王妃……すらりとした小柄な姿と、涼やかな声。
 そして禍々しく輝く目が、突き刺すようにこちらを見つめています。輝かしい美貌でありながら、人を震え上がらせるような威圧的な雰囲気の持ち主でした。これが姫に告げられた宿命の相手、倒さなければならない敵。その目を見据えて、赤い瞳は歯を食いしばりました。
「めめしく涙をこぼしている暇があったら、さっさと剣を抜いたらどう」
「……なに、焦ってんスか? みっともないッスよ」
「それでも第二冠位なんだろう、おちびさん? ハルのお友達より強いんだ、お手並み拝見といこうか」
「アンタ、後悔するぜ!」
 おのれのすべきことを思い出して、赤い瞳は吠えました。参謀閣下を失った今、自分がもし王妃を止められなければ、皇帝があまりにも危険な賭けに挑まねばなりません。
 手の中に握り締めた宝石の環を、赤い瞳はそっとポケットに入れました。そして、気合をこめて得物を抜き放ちました。