微笑んでいる参謀閣下を、見つめる友人はためらうように口ごもりました。そして二人の会話を階段の上で聞いていた赤い瞳も、魔道師の恐ろしい言いぐさに背筋が寒くなりました。この人は初めから、命を捨てて闘おうというのでしょうか。それもかつての親友、戻って来いと言ってくれる相手と。
「話はそれだけか。では、決着をつけよう」
 魔道師の身体から、銀色の後光がほとばしり、浮かんだまま彼はありったけの魔力を鋭いくちばしを持った猛禽の形に変えて投げつけました。黒き王に仕える幼馴染も同様に、輝くオーラをまとってそれを避け、こちらは魔力の奔流を大蛇の形にして、飛んできた魔法鳥を飲み込ませてしまいました。呪文を武器とする者同士の戦いは、空の色さえ変えてしまうような過酷さで繰り広げられ、あまりに激しい音や光の中でいったい何が起こっているのか、わからなくなってしまうほどでした。
 赤い瞳は震えながら、魔法の煙に包まれてしまった階段の下を透かし見ました。煙が薄れると、その中に相変わらず浮かんでにらみ合っている両者の姿が見えました。見たところ、参謀閣下がほんのわずか、優位に立っているようでした。黒い羽根の男は額に汗を浮かべ、身体のあちこちを魔力の刃で切り裂かれています。旧友に向き合う魔道師は目の下にひとすじ、傷を受けてそこに真紅の血をにじませていました。まるで涙がこぼれたように、血のしずくがその白い頬を伝って落ちました。
「過去と他人は変えられない…」
 あくまでも冷静なまま、参謀閣下は言いました。それは、誰に向かって言っているのでしょう。押し殺した声で、告げられる真実はあまりに冷たく淡々としていました。
「変えられるのは自分だけ。未来は、自分の変化に従う。俺が望む未来はすでにないけれど…戻れない過去にももう、執着しないよ、ハル」
(参謀閣下は、愛してくれる人のないことに絶望している…)
 凍りついたような沈黙の中で、赤い瞳は彼の諦念を感じ取りました。だけど、果たしてこれでいいのでしょうか?
 この人は自らの失策で姫と皇帝の信頼を失い、それを償うために命を投げ出そうとしている。けれども今、彼の前に立つ敵は、一緒に行こうと言ってくれているのに。ここにいる限り決して幸せにはなれない彼は、このまま親友を倒して不幸せなまま死ぬしかないのか?