空から降ってきたのは、黒い羽根のケープをまとった男でした。
 長身の彼は瞳を覆い隠す眼鏡をかけ、表情を悟らせません。宙に浮いたまま魔道師と対峙すると、思いがけなく優しい声で呼ばわりました。
「久方ぶりだな、レンジ」
「4年と2ヶ月と15日ぶりだ、ハル」
 参謀閣下は、同じようにふわりと浮き上がって答えました。
「お前が竜巻に飛ばされてしまったあの日から、ずいぶん探したよ。ここにいるなんて思わなかった。預言者の姫のしもべになったのだね」
「そしてお前は、黒き王に仕えているのだろう」
「その通り。しかし、王は不在だ…摂政官が代わって我らを率いてきた。今頃、この階段の下から攻め上っていることだろう」
「うちの神官たちが、それを阻む。どんなに束になってかかってこようとも、川向こうの者どもなどにこの門を明け渡すものか」
「もとはお前も、そこの出じゃないか…」
 黒い羽根の男は、旧友に向かって悲しそうに言いました。
「竜の学塔の双璧、二粒の真珠と呼ばれた我々が、なにゆえ闘わなければならない? 俺がここに来たのは、お前を連れ戻すためだよ。お前に元通り、俺のパートナーの席に就いてほしい。一緒に川向こうに帰り、竜の学塔を再建しよう」
「笑止」
 魔道師はぴしゃりと言い捨てました。
「俺の忠誠は今、姫とこの門を護る者たちの元にある」
「麗しの姫君に魂を奪われてしまったのか…」
「それだけではない。ここへ運ばれた俺を育ててくれた守護の者の一族や、友人たちへの信義を貫く。今のお前は敵だ、よりを戻すことはできないな」
「お前が従う姫君が、眠りに就いたのは何故か、わかるだろう?」
 言い聞かせるように穏やかに、黒い羽根の男は口にしました。魔法使いゆえの聡さで見抜いたのでしょう。
「預言者の姫は、愛するお前が死ぬところを見たくない。心が壊れてしまうから、無意識の海に潜ったんだ」
「そうだとすれば、俺は後顧の憂いなく残虐になれようし、いくらでも見苦しく死ねよう。実に好都合だ、姫の目に触れぬところでこの世を去ることができるというなら、今こそ死ぬのにまたとない機会、俺はそれをむしろ喜ぶ」
「レンジ、お前、変わったな…」