そして。
 その日は唐突にやってきました。
 強い風の吹く朝でした。天まで届く階段の頂の、白い門にぶら下がっている鐘が、ひとりでに鳴り渡りました。それはいにしえからこの門をくぐろうとする者の訪れを告げる鐘です。かつて、赤い瞳がここへ上ったときも、その鐘は澄んだ音をたてて来訪者のことを教えました。
 ところが今朝、鐘はいつまでも静まらずに鳴り続けます。妖精の姫が座っているぶらんこは、揺れることを停めてしまいました。鳴りやまない鐘の音が響くなか、次第に姫の薔薇色の頬からは血の気が失せ、そして、美しく澄んだ瞳はみるみるうちに虚ろになっていきました。姫に寄り添っていた魔法騎士は、為すすべもなくその様子を見つめていました。
「いったい…何が起こっているのだ!」
 階段を駆け上ってきた赤い瞳は、姫の傍らに走り寄ってその目をのぞきこみました。姫はかすかに唇を動かし、ささやきました。
「おぼえていますね…黒い王妃を、倒すのですよ」
「姫さま!」
 それだけ言うと、姫はもういくら呼びかけても、答えなくなってしまいました。赤い瞳は泣きじゃくり、そばにやってきた魔道師にすがりました。
「どうして? 姫さま、どうしてしまったの?」
「わからない…生きているけれど、感じることをやめてしまったみたいだ。姫は預言者だから、未来が分かる…俺の考えだけど、これから起こることの負荷に自分の心が耐えられないと判断したから、自らインプットを止めてしまったのではないかな」
 普段通りの抑揚のない声で魔道師は言いました。が、赤い瞳は彼の顔を一目見て、恐ろしさに震え上がりました。いつも大人しく伏せられている目にきつい光が宿り、別人のように苛烈なオーラが魔道師を取り巻いていました。今ならさしもの炎の魔法剣士もこの人にかなうことはなかろうと思われるほどでした。