この温厚そうな人物がどうやってかの皇帝を撃破したのか、赤い瞳には想像もつきませんでした。
「俺は最初のターンで奴のデータを吸い上げ、すべての物理攻撃を封じた。剣を捨ててぶつかってきたあいつと素手で殴り合いになり、あらゆる恐ろしい言葉でののしりあったよ。もはや友情は消えてた。殺してもいいとまで思った。そこまでいってからようやく、姫が泣きながらやめてと言った」
 赤い瞳は、戦わないで、と言ったあのときの姫の涙を思い出しました。きっとこのことがあったせいなのだと、深く納得しました。
「俺は姫に向かって叫んだ。君がこいつと俺、どちらかを選択するんだと。選ばれなければ俺はおとなしく臣下にさがるつもりだった。
だが、姫はできないと答えた。二人のうちの一人を選ぶなんて、自分には決してできない。それでも私を巡って争うというのなら、いっそ私を殺してふたりでこの身体を分ければいいと」
「なんて…お可哀想なことを!」
「そうだな。俺は確かに酷いことを言った。そしてその返答を聞いて、自分を選んでくれない姫が無性に憎らしくなった。憎悪にかられた俺は姫の言葉に正気を失い、激情のおもむくまま、ならば死ねと、呪文を姫に投げつけた。氷よりも冷たい魔法がまっすぐに姫のところへ飛んでいった…だが、あいつが姫を庇った。魔法はあいつにヒットしたが、姫の名前をターゲットにした呪文はあいつには効力がなかった」
「あ! じゃ、じゃあ……まさか」
 赤い瞳は致死の魔法の恐ろしいルールを思い出しました。
「そう、対象が変わらないまま、呪文はあいつに吸い込まれて置き換わった。つまり」
「もしあの野郎が死ぬときが来たら、姫さまの命が代わりに・・・!?」
 ほとんど泣き声で赤い瞳は叫びました。
「その通り」
 なんという過酷な運命でしょう。たった一度の過ちが魔道師の愛する姫に、そんな気の毒な首枷をかけてしまったのです。そして同時に、親友であった魔法剣士にはその存在価値を無くさせる仕打ちでした。
「騎士である彼自身が、死ぬことによって姫を殺す。つまり奴は絶対に死ねない。死なないためには戦わない、それしかない。俺と守護の者たちはこの門と姫を護っていることになっているが、実はあいつをこそ護っているんだ。君がもし万が一あいつに勝ちそうだったら、俺は即座にあいつを別の次元に移し、君と刺し違えた。俺はそのために第二冠位にいたんだ」
「あ、アンタって人は……」
「俺の犯した罪は死より重い。永遠に赦されるはずもないが、俺は与えられた役割を最期の日まで果たすだけだ」
 魔道師は階段の頂上を見上げました。その瞳に宿るはずの涙はしかし、もはや枯れ果てていました。