一晩じゅうかかって司祭は深い森を抜け、暁とともに街にたどりつきました。疲れて仮の宿に戻ると睡魔に襲われ、ベッドに倒れこみました。そして、日暮れまで目覚めませんでした。
 気づいたのは胸が奇妙に重苦しくなったからです。司祭は少しばかりうなされ、まぶたを開きました。何か温かいものが掛け布団の上に丸まって載っています。
「…………どなた?」
 ミャウ、と小声で鳴いています。司祭は驚きながら、布団から片手を出して胸の上の毛皮の塊を撫でてみました。どこから入ってきたのでしょう。どうやらあの灰色の猫のようでした。暖かい夕暮れ時の光が差し込む部屋で、司祭はしばらく猫と一緒にまどろんでいました。せっかく猫さんが処を得た様子でいるのだから、脅かして追い払うのも申し訳ないと思ったのです。
 そのうち猫は、司祭の胸の上で立ち上がり、尻尾をぴんと立てながら伸びをしました。ガラスのような綺麗な目をしています。
「おや、猫さん、怪我をしていますね」
 自分のほうをのぞきこんでいる猫の頭を撫でてやった司祭は、猫の右目の下に斜めに走っている小さな傷跡をみつけてつぶやきました。この猫さんはどうも、いろいろと苦労としているように見えます。あばら骨がうっすら浮いて見えるほど痩せていますし。
「あなた、ここが気に入ったなら、いてもいいですよ。毎日は買ってあげられませんが、魚料理のときは、ご馳走しましょう」
 まるでその言葉を理解したかのように、猫はミウミウ、と鳴いて司祭の上から飛び降り、行儀よく床に座りました。司祭は皿にミルクを注いで猫の前に置いてやり、簡単ですがご飯をこしらえて、猫に分けてやりました。猫は大人しく食べ、食べ終わると部屋の隅のほうへ行って静かに顔を洗っていました。
 光の神に仕える司祭には、柔らかい毛皮に覆われた小さな生き物を疑うことなど考えられませんでした。ですからその晩も遅くなって、ベッドに入ったときに灰色の猫がやってきてミィと鳴いたときには、こころよく彼を布団の中に入れてあげました。猫は司祭にくっついて、撫でて欲しいように頭をこすりつけました。