そして、ユキが倒れた。


 俺の自己客観装置は意思と無関係に動いていた。あたふたする皆を尻目に俺は的確に事態を収拾した。弦一郎は真っ青になっていた。あの剛胆な奴があんなふうになるなんて、そうか、そんなに、ユキが大切なのか。お前の勝ちだ、俺は言い捨てる代わりに呪詛した。お前は副部長だ、と。副部長なんだからしっかりしろ。俺を蹴落としてお前はその地位についたんじゃないか。
 ユキを保健室のベッドに寝かせた。養護の先生は校長室に飛んでいった。ベッドの傍らに座って俺は、辛そうに息をするユキをただ無力に見つめていた。
 怖かった。ユキの唇に毒を注いだのは俺だ。俺の中に育った毒の植物はすでに結実して、憎しみと羨望の黒魔法となって吐き出されたのだ。誤った望みによって、触れたものすべてを金にする力を得たあの王様のように、愛しい娘を抱こうとして冷たい金属に変えてしまった。俺が吹き込んだ毒がユキの血を穢し、温もりを奪うのだと俺は絶望した。罪責感のつのるあまりに、あまりに荒唐無稽な妄想が俺を襲ったのだ。
すべては俺がやったことだ。病院でユキが目覚めるまで、そばで俺は後悔にくれて歯を食いしばった。目を開けて俺を見つけると、ユキはまるで記憶を無くした人のように虚ろな瞳で俺を見た。
 わかっていたんだ。俺でなく、弦一郎がここにいるべきだった。
 なんて残酷な偶然だろう。なんて惨めな現実だろう。要領よくすべてを切り抜けてきた俺を地獄へ突き落す、運命の報復。
 いかにしてこれを償えばいいのか、俺は必死で考え続けた。出た結論はとてもシンプルだった。あいつにユキを返そう。そしてふたりを結び合わせよう。そうして俺の罪が浄化されることを祈ろう。
 弦一郎は、本当に何も気づいていなかった。仲直りしろよと真顔で言われて、俺は心から申し訳なかったと思った。この先ずっと俺は、こいつの親友でいることだろう。実直一辺倒という貴重な美徳を、俺にも少し分けてもらおう。