「ユキ、秋期大会のオーダー、もう考えた?」
 皆が帰った後の部室で俺は尋ねた。
「うん、柳生くんがね、ブンちゃんと組んでダブルスやってもいいって。あの二人だったら結構うまくいけそうって思うんだ」
「そうだね」
「あとは…どうしよっか。弦一郎と僕で……」
「やめとけ」
 俺の口から自動的に黒い台詞が噴出した。ユキはびっくりしたように目を見張った。自己客観装置は一体何をやってるんだ。慌てて俺はフォローした。
「そうじゃなくて、ダブルスはもったいないよ。弦一郎には絶対、シングルスで勝ってもらったほうがいいって。あ、ユキもだぜ。俺がダブルスに入るから」
「じゃあ、蓮司と僕でペア組もう?」
「いや、それは……」
 願ったりの展開だったのに、俺は躊躇してしまった。もうそろそろ弦一郎が戻ってきてしまう。ユキは首をかしげて俺をじっと見つめた。薄くひらいた唇で、なにかを言おうとした。
 俺の完璧な感情制御はその瞬間、音を立てて壊れた。
 ロッカーの前で無理矢理にユキの肩を押さえつけ、くちづけを奪った。記念すべき俺のファーストキスは力づくで強奪したものだった。ユキは大きく目を見開いて、震えだした。みるみるうちに瞳が潤み、いまにもしずくがこぼれそうになった。俺はこの期に及んでさらにみっともないことを言ってしまった。
「ユキが、好きなんだ……はじめて会った時からずっと、好きだったよ」
「ぼ、僕も……蓮司のことはすき、だけど」
 だけど。だけど? その先を聞いたら俺はもう死ぬしかない。ユキを一人残して俺は逃げ帰った。甘いカスタードクリームの味がするはずのキスは、苦く塩辛い思い出に変わった。