俺は考えつく限りの狡猾な手段を行使した。徹底して弦一郎を遠ざけ、ユキに接近した。部長秘書として幸村を補佐すると公言した。冗談に聞こえるように言ったがもちろん本気だった。
 弦一郎は何も気づいていない。
 あいつは先輩が引退して部をリードする立場に就いてから、新たな目標を見つけたのだ。全国大会を連覇したうちのチームで、来年もう一回同じことをやってのけると決意していた。今まで愛想のかけらもなかったあいつが、1年生とまともに話をしているのを見て俺は心底驚いた。ずっと自分のことでいっぱいいっぱいなんだろうと思っていたけど、後輩を引き立てることを考えたりできるようになったんだな、とちょっぴり感心もした。しかし、いずれにせよ俺はこいつと訣別する。友情を捨てて自分の幸せを取る。コートで負けることがあっても、それ以外の場所では俺が遅れを取ることはあり得ない。
 ユキは戸惑っているようだった。帰り、どこかに寄ろうよと誘うと、
「弦一郎も呼ぼうよ…」
と、淋しそうな顔で言う。だって、あいつ誘っても来ないじゃん、ゲーセンとか本屋とかにはさ、と俺が言い返しても、「でも」と口ごもっている。
「いいのさ、お互い様で。ユキは自分の好きなことをしたほうがいいよ」
 俺はそう決めつけた。そしてクレーンゲームでぬいぐるみを釣ってあげたり、駅で焼きたてシュークリームをおごったりした。俺自身はああいう味の濃いものは苦手なのだが、甘いものが好きなユキは指についたカスタードをぺろぺろ舐めて拭っていた。その仕草を見て、真剣に愛しいと思った。あの唇に触れられたらもう天国だ。
 機会を狙っていた俺は、三者面談がチャンスだと思った。弦一郎が部活を抜けた後、「今日、家においでよ」と誘った。
 だが、ユキはきっぱりと断った。
「ううん、弦一郎が戻ってくるまで待ってる」
「そう、じゃあ、俺も一緒に待ってよう。3人で一緒に帰ろう?」
 心にもないことを俺はすらすらと言った。こんな時にまで俺の自己客観視は完璧に作動している。俺の半分は、自分でも本当にそうだと思いこんでいる。3人で仲良く一緒に帰ろうねと。だがもう半分は、右斜め上くらいのところからクールに俺自身を見下ろしている。そんなことするわけないじゃないか。俺はユキがあいつの名前を口にするたびに、心の中に毒の芽を育てていた。その日、多分、その毒の木にはかなりご立派な花が咲いていたことだろう。