平和は1年と5ヶ月ほど続いた。
 しかし、俺自身がそれをぶち壊した。
 きっかけは部長選挙だった。うちのテニス部では部長と副部長は例年、3年生が引退した後に2年が互選で選ぶ。顧問や先輩から指名されるのではないから、学年の中で人望がある者が部を率いることになるわけだが、俺は前にも言ったようにひそかに部長の座を狙っていた。俺は入学以来優秀な成績を維持してきて、すでに充分すぎるほどの栄光に浸っていたのだがやはり、野心はある。実は俺はテニスの腕前では弦一郎とユキに少々、差をつけられ始めていた。勉強や他の趣味にかまけていたせいだ。だからここで部長になり、統率力を発揮すれば、実力が劣ることの言い訳になると姑息な考えを抱いていたわけだ。
 そうは問屋が卸さなかった。確かに俺は皆に推挙されたが、同時にユキと弦一郎も同じように部長候補に推された。2年生の全員が俺たち3人に部の命運を託してもいいと思っているのは、とんでもなく間の抜けた話に思えた。だって、俺とユキと弦一郎は、まさにバミューダ・トライアングルみたいな錯綜した関係に陥っているというのに。長い間、見せかけの平和を保ってきたせいで、俺たちの作り上げた正三角形は完璧になったが、中に渦巻いている嵐はその分、凝縮され風圧を増して、いまやあらゆる船を難破させようとしていた。
 悪い癖だが俺は一瞬、投げやりになった。
 運を天に任せてじゃんけんで決めよう、と自分から言ってしまった。勝負を投げたに等しい。結果は最も悲惨な形になった。皆に愛されているが仕切るのが最も苦手なユキが部長になり、実力ナンバー1だが協調性皆無の弦一郎が副部長になってしまったのだ。
 俺は、おのれのくだらない要領のよさを呪った。自分はバカだった。どうしてもっと早く、ユキの手を取って俺のものにすると宣言しなかったんだ。そうしていれば今頃きっと、俺は真の幸福に包まれていたのに。
 まだ遅くない、と俺は思った。今からでも絶対に、俺は返り咲いてみせると。
 その時おそらく俺の中に、致死の毒が芽生えた。