それにしても、ユキは弦一郎のどこらへんがそんなに好きなのか、俺にはいつまでたっても納得できなかった。
 逆に弦一郎がユキを非常に好いていることは、誰が見ても簡単に解った。ユキといる時は表情がまるで違う。あまりにもあからさまで、見ているこっちが気恥ずかしい。
 ユキはよく弦一郎のネクタイを結んでやっていた。結んだときに長さをちょうどいいように調節するのが、奴は実に下手で、そんなだとまた先輩に注意される、とユキはいつも部室でそれを直してやった。俺は一度、奥さんみたいだぞ、と軽口を叩いたことがある。弦一郎は烈火の如く怒った。
「ユキを女扱いするな! 蓮司でも許さないぞ」
「そういうつもりじゃなくて、俺が言いたいのはさ」
「ふたりとも、やめてよ。けんかしないで」
 ユキはしょんぼりして言った。そうなると、俺たちは二人とも責任を感じる。俺はユキに多少、恨みがましい気持ちを抱いた。お前の存在こそが俺たちを争わせるわけで、どちらかを選んでくれれば平和になるのに。
 小学校の時の担任の中年の男の先生が、クラスでもめ事が起こるとよくふざけてそんな歌を歌っていたよなと思った。けんかをやめて、ふたりをとめて、わたしのためにあらそわないで。いい気なもんだ。どれだけ美人だか知らないが、その女のせいでそういうことになってるんじゃないか。
 その後、俺ははっとした。
 ユキだって好きであんなふうに、可愛らしく生まれてきたわけじゃない。俺たちが勝手に恋におちただけで、守ってくれと頼まれたわけでも何でもない。もしかしたらユキが一番、悩んでいるんじゃないのか。自分が少しでも傾けば、二等辺三角形は不等辺になってしまう。
 ユキが可哀想だ。結論として、俺は中庸を選択することにした。つまり、二等辺三角形を正三角形にすればいい。コンパスで正確に描いた図形のように、俺はユキと二人ですごした後は必ず、ユキと弦一郎が二人ですごせるように配慮した。そしてその後で、今度はユキをわざとはずして弦一郎と練習したりダブルスを組んだり、一緒に帰ったりした。うまくまわっている。俺は自分の手腕に満足した。要領がよければ平和が訪れるのだ。