昔から、俺は要領のいい子供で、どこへ行っても上手に立ち回ってきた。
 社宅住まいだった頃はエレベーターで会う近所の人にいつも礼儀正しく挨拶したし、親が家を建てて引っ越したときも、新しい学校ですぐ先生に気に入られ、友達も作った。
 実は引っ越すのはすごく嫌だった。それは、テニスクラブに通えなくなるからだ。中学3年の今なら、電車で2時間程度の距離は何でもないが、小学校5年生に許される範囲ではなかった。俺はクラブをやめることを誰にも言わなかった。親に内緒で通ってやるとまで思い詰めていたので、最後まで黙ったままパートナーと別れてしまった。結構悲しい思い出だが、しばらくたつとあれは仕方なかったんだと割り切れるようになった。要するに俺は要領がいいので、そういう悲しい思い出も割と上手に乗り切っていけるのだ。
 新居の近くで親が別のクラブを見つけてきた。弦一郎とユキに出会ったのはそこでだ。
 真田弦一郎は常時仏頂面でくそ生意気ないまいましい男だった。が、弦一郎にくっついている幸村精市は明るくてかなり可愛らしい子で、この子と友達になるときっといいことがあるな、と直観した。前の小学校で学級委員だった女の子にちょっと似ていて、相当に俺のタイプだった。
 しかしユキと友達になると、どういうわけか弦一郎がセットでついてきてしまうので、どうしたもんかな、と俺は考えた。多分、ユキはこいつのことが好きなんだろう。そうだとすると、こいつを外して仲良くしようとすれば俺が嫌われる。しょうがないから3人で仲良くやろう。そう思って俺は両方と上手に仲良くした。だがユキとなら何をしゃべっていても楽しいのだが、弦一郎とは何を話したものかよくわからない。ユキと話しているといつも嫌そうな顔で俺を見るが、そうかといって喧嘩を売ってくるわけでもない。
「俺、お前とどういう話したらいいのかわかんねえんだけど」
 面倒くさくなった俺はある日、そう言ってみた。すると、
「俺もわかんねえよ」
 奴も恨めしそうな目で俺を見て言った。俺は思わず吹き出してしまった。
「そうか、気が合うよな」
「どこが」
 俺は悟った。こいつは、俺と同じことを考えている。蓮司を仲間はずれにしたらユキに嫌われるから、しょうがないから仲良くしよう。そう思ってこいつなりに努力しているわけだ。小学5年生にして我々は人情の機微なるものを察して牽制しあっていたわけだが、そんな微妙な間柄であるにもかかわらず友情はそれなりに成立した。
 なぜだろう。おそらくどこかで俺は、弦一郎を羨望している。
 実直一辺倒というのもひとつの美徳だ。要領がよければ人生は楽しいが、もしかすると、苦難の道を行く者のほうが真の幸福を掴めるのかもしれない。