「みんなお年頃なんだし、すこしはオシャレしたって」
「…………」
 真田は不本意ながら、部長を見つめて沈黙した。部を率いる立場の頂点にいるはずの幸村からしてどうなのだ、サイドの髪の毛をピンク色のクリップで後ろに留め上げて、柳のよりずっと可愛いキラキラした鏡を開いてのぞきこみながら、長いまつ毛を指でつまんで引っ張りあげている。まつ毛を上に引っ張る行為にどのような必要性があるのか真田には一切不明なのだが、そして「お年頃なんだし、オシャレ」しなきゃいけない必要性にもまったく賛同できないのだが、とりあえずそのしぐさが幾分、いや、至って愛らしいことは確かで、異議を申し立てることは幸村に心酔している彼には到底かなわなかった。
 というわけで、いつものように噴火をやりすごすことに彼らは成功した。平和な空気が戻った部室で、真田以外の一同は再び、各々なりの無駄な洒落っ気を追求し始めるのだった。
「ユキ、この間一緒に撮ったプリクラここに貼ったんだぁ」
 丸井が嬉しそうに幸村の鏡の裏側を指差した。
「うん! ブンちゃんはどこに貼ったの?」
「筆箱に貼ってあるよー!」
「みしてみして、あ、可愛いッス! ねえ部長、一枚ちょうだい」
 いいよ、とプリクラの残りを探しはじめた幸村を、真田は横目で眺めた。
「わーい、プリ帳に貼っとこ」
 喜んでいる切原を真田はさらに横目で眺めた。今の一連のやりとりが彼には全面的に理解不能、要するにちんぷんかんぷんだったのである。が、部内女子部濃度を上昇させる主要な原因となっている3名の会話には、なにやら不穏なものが感じられた。真田はそっと切原の頭の上から、彼の広げている小さな手帳をのぞきこみ、途端に目を剥いた。
「お、お前がなぜ、そんなに沢山持っているのだ、幸村の写真を!」
「え? もらったり、交換したりしただけッス…けどぉ?」
 大きな目をきょろん、とさせて切原は不満そうな真田を見上げた。
「副部長も、欲しかったらもらったらいーじゃないスか、ちゅか……もらわないの?」
 そう言って、不思議そうに部長に目を向ける。幸村はちょっと困った笑いを浮かべた。
「真田はそういうの、いらなそうだから、あげたことないんだけど…いる?」
「い、いや、そんな、無理にとは言わない…」
「もらえよ、バカ」
 丸井がニヤニヤして真田に肘鉄を喰らわせた。じゃ、待ってね、と言って気に入ったのを選んでいるらしい幸村は大層幸せそうだが、真田はさっきから抱いていた疑問をどうしてもぶつけたくなった。
「そんな小さな証明写真を、何のときに使うんだ?」
 一同はしんと静まりかえった。
 誰もが「ありえない」とおののきつつそれとなく意思の疎通を図った。そして、全員の意向が一致したところでおもむろに柳が発言した。
「弦一郎、それは証明写真ではないし、特に用途があって撮影するものでもない」
「しかし、では一体何なのだ」
「青春の記念……とでも言うべきかな…」
 仁王が堪えかねて背後でぐふ、と珍妙な音を立てたが、いつになく深刻な表情を見せる柳に、真田は言葉を失って立ち尽くした。絶妙のタメを作ってから柳は、破壊力満点の独り言を繰り出した。
「一緒にプリクラのひとつも撮ってくれない男が、恋人なんて…………」
 皆の視線が部長と副部長の間を数回行き来した。そして、幸村と真田以外の全員が揃って海より深いため息をついた。彼らの結束は固い。
「え、えっと、じゃあみんな、今日これから、ゲーセンに寄ろっか?」
 何をフォローしたいんだかよく分からないが、幸村がなんだか必死な感じで言うので、部員たちは顔を見合わせながらなんとなく意思を統一し、賛同しようとした。
「真田もいく…よね?」
「いや、俺は帰…」
「キサマが帰ってどうする!!」
 見事に統一された意思のもとに、全員が声を揃えた。さすがは王者立海大付属、こういう時のチームワークは完璧だ。