午後5時5分、練習後の平和な空気の中に突如として噴火音が響き渡った。
「……いつからここは、女子部の部室になったんだ!」
 0.5秒ほどびくりとした後、一同はなんとなく顔を見合わせ、意思の疎通を図った。このような事態はそう頻繁に起こるものでもないが、まったく予想外の椿事というわけでもない。確率的にはほぼ1週間に1回程度発生するとみてよい。柳はもっと詳細な観察に基づいてより確実に発生を予想することができると考えられるが、予想できるからといって予防できるとは限らないし、そもそも予防しようとする積極的な意思がここには存在しない。彼らの間にあるのは「やりすごす」、この一念のみだ。
 しばらく行き交った一同の視線は最終的に致し方なく、噴火の源へと向かわないわけにはいかなかった。怒りに髪を逆立てた護法神の様相で、真田副部長は手に握り締めたケータイを彼らに突きつけた。
「誰のだ、このちんどん屋みたいな電話機は!」
 虹色にペイントしてある本体から、マスコットや小さなお守りや鈴や各種ストラップが10個ほどぶらさがっており、アンテナの先には着信時にぴかぴか光る飾りがくっつけてある。
「あーい! オレのだよん」
 侮辱的な表現にはあえて頓着せず、丸井が元気よく挙手して答えた。真田は投げつけるようにケータイを返すと、着替え途中のレギュラーの面々をひと通り見渡して、
「最近、華美に走る者が多すぎて目に余る! レギュラーからしてこれでは、下級生にしめしがつかんではないか。今日という今日は言わせてもらうぞ!」
ぴしゃりと言い捨ててから、まず一番左端のロッカーを使っている仁王に、つかつかと近寄った。
「貴様はまたそういうおかしなもので髪をくくって!」
「コンビニでたまたま売ってたんじゃよ。ちょっとカワイイじゃろ?」
 後ろ髪をキ○ィちゃんのついたゴムでまとめていた仁王はぺろりと舌を出した。
「何が可愛いだ、その胡散臭い白い猫の製品は以後、部内使用禁止だ! 柳生もなんだ、脂とり紙など不要だろう」
「真田君、これは紳士の身だしなみというものですよ」
「男が鼻のてかりなどいちいち気にするものではない。ちょっと待て、蓮司、お前はいつの間にそんな所に鏡を!」
 ロッカーの扉の内側に、100円ショップで買ってきたマグネット付ミラーを装着している柳はそ知らぬ顔で自慢の黒髪をとかし続けている。一応信頼しているつもりだった参謀の変節に拳を震わせた真田は、ちょうどその時隣でデオドラントスプレーをぷしゅーとやった桑原に憤怒の矛先を向けた。
「わけのわからない香りを振りまくな! ああああもう、どいつもこいつも、無駄な洒落っ気を出してちゃらちゃらしおって、名誉ある立海大付属のテニス部員ともあろう者が何だこのざまは! 貴様ら全員、恥を知れ! 部を率いる立場として俺は情けないぞ、お前たちのその根性、まったく…」
「副部長、あんまカリカリすっと血圧上がるッスよ」
 “こするだけで指先のむだ毛をカット”というスポンジみたいなやつの裏側で爪を磨きながら切原が口をはさんだ。
「たるんどる!!!」
「まあまあ、真田、いいじゃない」
 怒りの咆哮を続ける副部長をさえぎったのは、限りなく緊張感を欠いた幸村の声であった。