幸村が入院したばっかの頃、部活の同じ学年のみんなで見舞いに行ったんだよね。
 あいつ、すげえ喜んだ。自分がもらったクッキーとかケーキとかがいっぱいあるから食べてって、オレらにくれたから食いながらしゃべってた。プリンもあったっけ。
「美味しい?」って幸村はにこにこして、オレを見た。ぜんぜん、いつもと違うふうに見えなかった。だからオレは普通に言ったんだよね。
「ねえ、そんで、幸村はいつ退院できるの? あした? それともあさって?」
 そしたら幸村はにこにこ笑ったまま、えっと、って言って、首をかしげた。
「そのうち。たぶん、そのうちね」
 オレは「えー?」って文句を言った。幸村がいないとつまんない。早く学校に来てよ、部活に出てよ。お前、部長じゃん!って。あいつはちょっとだけ困ったみたくなったけど、そっか、ごめんね、って笑ってた。
 病院を出てバスを待ってるとき、真田がオレのこと呼んだ。すっげー怖い顔して。
「幸村にああいう事を言うな!」っていきなし怒鳴られた。オレ、真田のそういうのがめっちゃキライで、その時はマジでキレた。
「ンだよ、何が悪いよ! ああいうコトって何、オレ、なんか悪いこと言ったかよ!」
「いつ退院できるの、なんて聞くな! 幸村は……」
 オレは真田のこと、いつも偉そうでやなヤツって思ってた。テニスはそりゃ上手いけどさ、確かにすげえと思うけどさ、なんでもうちょっと普通にしゃべって、みんなと仲良くしねえのよって、思ってた。だけど……
 ビックリしちまった。真田、泣きそうだったんだもん。
「幸村は、もう、学校に来られないかもしれないんだ……」
 そう言ってあっち向いちゃって、オレは何がなんだかわかんなくて、やっと、頭ん中で話がつながって。
「うそ、なにそれ、そんなんウソっしょ? どして学校来れねえの? 治ったら来れるっしょ、それとも、どういうこと、説明しろよ!」
 誰も、なんにも言ってくれなかった。雅冶は(あーあ)みたいな顔してふんぞり返ってるし、柳生はメガネ直すふりしてるし、ジャッカルはあたふたしてるし。
「オレ、そんなん聞いてねーよ! それって病気なおんねえってこと? 死んじゃうってこと?!」
「言うな!」
 真田がほんとに泣きそうな声で、オレに怒鳴った。オレはすげえ悔しくて、悲しくって、どっかにぶつけなきゃいられなくって、しょうがなくて真田をひっぱたいた。殴り返されるの覚悟で。でも、真田は殴んなかった。オレと目を合わせてもくんなかった。必死で泣くのを堪えてるみたいだった。
 柳がいろいろ説明してくれた。みんなに黙っててごめんなって言われた。オレ以外の奴はなんとなく分かってたみたいで、それも頭にきた。オレはバスの中でめそめそ泣いた。ジャッカルがハンカチを貸してくれてこう言った。
「ブン太はああいうふうでいいんだよ。いつものお前らしいほうが、幸村も喜ぶよ」
 借りたハンカチで鼻をかみながら真田を見ると、あいつはわざとらしくそっぽを向いた。


 そんで、オレは、プリントとか持ってく係を真田に譲ることにしたわけよ。
 ビンタ一発分、借り作ったからね。
 あいつの恋バナなんて一体誰が相談に乗るんだよって思ってたけど、オレが乗ってやってもいっかなって、思ってる。ハンカチ貸してくれる相手もどうせいなさそうだしな。


 オレは見舞いに行くたびに言ってる。ねえ、幸村はいつ退院すんの? あした? それともあさって? そのたびに幸村はにこにこ笑って、うん、そのうち、そのうちねって言う。オレはこれでいいんだ。めそめそしたりはしねえよ、絶対。
 今日は日直だから、オレは雑巾をしぼって黒板のへりと教卓を拭いて、そんで幸村の机も拭いてあげた。3年になってから、幸村は一日も学校に来てないけど、みんなここが幸村の席で、ちゃんとうちのクラスの子だって分かってる。
 ドラマとかでさ、クラスメートが死んじゃって、その子の机に花瓶が置いてあったりするじゃん? オレ、ああいうのは絶対やだ。幸村の机にはちゃんと毎日、プリントを入れてあげる。いっしょのクラスのオレが、卒業するまで毎日、入れてあげるんだ。