丸井の奴……。余計なことを……。
「寒い中、飲まず食わずで三時間泣きながら学校まで歩いたって。うちの母さんがその話を聞いて泣いて喜んでたよ。いい友達がいっぱいで良かったわねって」
「……………」
 俺はなんだか気恥ずかしいような複雑な気持ちになる。
 電車が渋谷駅に到着し、人が沢山、降りるために立ち上がる。
 幸村の腕を引っ張って、空いた席に座らせて俺も隣に座る。俺は座らなくても構わないが、俺の席は老人が来た時に幸村の代わりに譲るために確保することにする。
「今度は何があってもお前は立つな。席は俺が譲る」
「もー。過保護だなぁ」
「過保護で結構」
「ぶー」
 幸村が頬をワザど膨らませて見せてから、くすくす笑う。
「真田って面白いよね」
「俺を面白いと言うのはお前だけだ」
「そうかな、真田って相当面白いと思うよ」
 幸村は窓の外を見ながらそう言った。
「真田に席を譲られないように、早く健康になろっと」
「そうしてくれ」
「あ、恵比寿駅の発車メロディーはCMの曲だ。エビスビールのCMの曲」
「…………」
「見たことないの?エビスビールのCM。ちょっと贅沢なビールって奴」
「テレビは見ない」
 俺の家はほとんどテレビは消えたままだし、たまについてもNHKだ。
 幸村がぷっと吹き出して笑う。
「……真田ってほんっと面白いよね」
「面白くない」

 電車はもうすぐ品川駅に到着する。山手線を一周。今週の外出許可はこれでおしまいだ。
 来週の行き先は図書館だ。
 でも一応、俺は尋ねる。
「来週は何処に行きたい?」

 望む所、何処にでも連れて行く。