「…新大久保…新宿…代々木……えーと、原宿、渋谷、恵比寿、目黒…五反田…大崎、品川。
 29駅。ねぇ?あってたでしょ?」
 俺は腕を組んだまま、ドアの上に設置された案内板を睨んでいた。幸村が得意げに覚えた山の手線全駅の名前を順番に披露する。
「………よく覚えたな」
 俺はちょっと呆れたようにつぶやく。
「結構時間潰せるんだよ。意味のない暗記って。
 時間潰しに看護婦さんや配膳のおばさんの名前と顔、全部覚えたりしたよ。時間潰しのつもりだったんだけど、結構実用として使えたよ。
 看護婦さんも配膳のおばさんも、名前を呼んで挨拶すると喜んでくれるんだよね。みんな、親切にしてくれる。みんな名札つけてるけど、名前で呼ばれることより、看護婦さんって呼ばれることが多いから。
 僕は顔と名前を一致させて覚えていたから、私服の看護婦さんとすれ違ってもちゃんと名前呼んで挨拶できたしね。
 鈴木さん、おはようございます、とか。高橋さん、お帰りですか?ご苦労様です、とかね。僕が笑顔で挨拶すると、みんな喜んでくれた。秘密ねって、こっそりお土産のお菓子を貰ったりしたよ。
 それで味を占めて、同じ階の入院患者さんの名前と顔も全部覚えたんだ。やっぱりみんな親切にしてくれたけど、覚えなかった方が良かったかなって後からちょっと思った。
 長く入院してると、やっぱり病院で亡くなる人もいるから……」
「そうか………」
「僕は、退屈な時間を潰すのはもうプロだからね。
 こんな時間過ごしていても、退屈だろ?真田は」
「いや、そんなことはない」
「ほんとに?」
 幸村が覗き込むように俺の目をじっと見つめる。絶対、幸村には嘘をつけないと思う。
「本当だ」
 俺が目を反らさずにそう答えると、ほっとため息をついて、
「良かった」
 と答えた。
 電車が止まる。幸村の体がぐらっと傾き、肩と肩がぶつかる。幸村が俺を見てにっこり微笑む。
 それで俺は幸福な気持ちだ。退屈なのが心地良いくらい単純に出来ている俺の幸福。
 俺はちゃんと幸村から貰っているし、幸村は何も不安に思うことはないのだ。
 でも口下手な俺はそれを上手く伝えられない。